『E.T.』 スピルバーグとトリュフォー
今回は言わずと知れたユニバーサルスタジオのアトラクションにもなった(現在USJでは無くなってしまいましたが...)『E.T.』についてお話ししたいと思います。
『E.T.』とは『Extra-Terrestrial(エキストラ・テレストリアル)』の略で地球外生命体を意味します。
何故、今『E.T.』の話をするのかと言うと、「金曜ロードSHOW!」(日本テレビ系、午後9時)の視聴者リクエスト企画「金曜リクエストロードSHOW!」第3弾として、10月2日に本作が放映されるからと言うのと、
僕が幼少期に『E.T.』のVHSを擦り切れるほど観ていて、映画が好きになるきっかけになったからと言う事もあります。スピルバーグと『ゴジラ』が僕にとって映画の原体験になります。
また『E.T.』及びスティーブン・スピルバーグ監督は超メジャーが故に、なんとなく舐められがちと言う気がするので、ここは一つ「舐めんなよ!」と言っておく良い機会なので、ここに記しておこうと思った次第でございます。
・主人公の家族は何故、父親が不在なのか?
物語の舞台は新興住宅地の中の一軒家。そこに住んでいるのは、主人公のエリオットと母親のメリーと妹のガーディ、兄のマイケルに犬のハービィ、父親は別居中。
スピルバーグの両親は離婚しており、この経験がほぼ全ての作品に影響を及ぼしている為、主人公の家族関係は破綻している事が多い。
また幼少期に父親と一緒に見た星空や父親に聞かされた戦争体験から『宇宙』と『戦争』がスピルバーグ作品のメインテーマになっていく。
・いじめられっ子だったスピルバーグ少年
スピルバーグは後年、学習障害である事を公表した。その事で少年時代、壮絶なイジメを受けていた。
その一方で家族旅行の時に父親から撮影係を任され、手にした8㎜カメラがきっかけで自主映画製作に熱中するようになる。
インタビューでスピルバーグは「映画を作ることで、わたしは恥ずかしさや罪悪感から解放されました。」と当時の事を語っている。
・スピルバーグに影響を与えた映画
子供の頃から沢山の映画を観てきたスピルバーグ。特にジョンフォード、フランク・キャプラ、スタンリー・キューブリックといった作家に強く影響を受けている。
日本では盟友で『スター・ウォーズ』の生みの親、ジョージ・ルーカスと共に黒澤明に対する深いリスペクトを公言している事が有名です。1990年(平成2年)に黒澤がアカデミー名誉賞を受賞した際、スピルバーグとルーカスがプレゼンターを務めた。
本を読むのは苦手だったものの、SF小説が大好きで、レイ・ブラッドベリやアーサー・C・クラークがお気に入りだった。
・『アンブリン』
スピルバーグが学生時代に製作した『アンブリン』という短編がある。
就職するか、当時のベトナム戦争に徴兵されるか、どちらも選択したくなかったモラトリアム中のスピルバーグの気持ちがダイレクトに反映された本作。主人公が抱えている楽器のケースの中にスーツとアーサー・C・クラークの『都市と星』が入っている。
『都市と星』は、遥か未来の管理社会の都市で、他の人達と違う主人公のアルヴィンが外の世界に憧れを抱き、真実を求め冒険に踏み出すSF小説。
人と違う事で学校でいじめられていたが、映画の世界に憧れて、高校時代、ハリウッドのユニバーサル・スタジオに侵入し、独りっきりで映画や TV番組の製作現場を見学してまわり、そこで働く人達と知り合いになったスピルバーグ少年は、アルヴィンと自分を重ねていたに違いない。
『アンブリン』はいくつかの映画祭で入賞し、この作品に感銘したユニヴァーサル・スタジオの重役はスピルバーグ と監督契約を結んだ。
・『大人は判ってくれない』
『アンブリン』は、『大人は判ってくれない』というフランス映画に強く影響を受けている。
1950年代にフランスで起こった映画革命で、それまでの古いスタジオシステムから解放され、若い監督達が即興的に演出した作品群を「ヌーベルバーグ」と呼ぶ。
「ヌーヴェルヴァーグ」の旗手であるジャン=リュック・ゴダールと並び称されるフランソワ・トリュフォーの長編デビュー作が、この『大人は判ってくれない』なのです。
12歳の少年アントワーヌは勉強が出来ず、先生に叱られる毎日で学校が大っ嫌い。家では両親が不仲で居場所が無い。彼にとって唯一、嫌な事を忘れる事が出来るのは映画館で映画を観ている時だけ。
ある日、友達と学校をさぼって街をふらついていると、母親が知らない男とキスしている現場に出会す。そこからアントワーヌはますます追い詰められていく。
本作はトリュフォーの自伝的作品で「勉強が出来ない」、「両親の不仲」、「映画好き」とスピルバーグの少年時代と重なる。
・『未知との遭遇』
20代で『ジョーズ』を大成功させたスピルバーグは、潤沢な予算で個人的なテーマかつ現在に至る多くのフィルモグラフィ上、唯一、本人が脚本を手掛けたオリジナル作品に着手する。
『未知との遭遇』は電気技師のロイが、自宅近くでUFOを目撃した事から始まる。様々な場所でUFOが目撃され、失踪事件、政府の陰謀が絡まる一方で、ロイはUFOの存在に取り憑かれるあまり、夫婦関係を破綻させてしまう。
最後の最後に巨大なUFOが地上に着陸する。
UFOからグレイ(宇宙人)が登場し…、
ロイは彼らに選ばれて宇宙へ連れていかれる。
主人公のロイがUFOに熱中したあげく、妻や子供を地上において宇宙に行くのは、大人になりきれないスピルバーグ自身の投影であると同時に、母親と離婚して家から出て行ったスピルバーグの父親も重ねられている。スピルバーグは後に、この展開は家族を捨てて無責任であると自己批判している。
本作に登場するUFOを調査するフランスの科学者の役を『大人は判ってくれない』の監督、フランソワ・トリュフォーが演じている。
この役はスピルバーグが尊敬するトリュフォーの為に当て書きされたキャラクターである。
撮影時にトリュフォーから受けた「これから、あなたは子どもたちに向けた映画を創りなさい」という助言と、『未知との遭遇』ラストの主人公の決断に対する反省から映画史上、最大の興行収入を記録する作品が生まれる。
それが『E.T.』なのです。
・大人になったスピルバーグ
『E.T.』はスピルバーグの少年時代を反映した半自伝的作品、言わばスピルバーグ版『大人は判ってくれない』である。スピルバーグはインタビューで本作をフランソワ・トリュフォーに捧げていると公言している。
主人公のエリオットは当初、父親がいない事もありネガテイブな印象の少年であるが、E.T.を捕獲しようとする政府から彼を守る為に戦い、最後にE.T.の仲間がいる宇宙船まで送り届ける。
E.T.は「(宇宙へ)一緒に行こう。」とエリオットを誘う。しかしエリオットは、ここ(地上)に残る選択をする。エリオットはE.T.との冒険を通して成長し、辛い現実に立ち向かう勇気を得たのだ。
娯楽映画ばかり作り続けて来たスピルバーグは『E.T.』以降、『カラーパープル』から文芸作品を手掛けるようになり、自身の出自であるユダヤ人のトラウマ、ホロコーストを題材にした『シンドラーのリスト』で念願のアカデミー賞を受賞し、名実ともに巨匠の仲間入りを果たす。
・スピルバーグは子供の心を捨てたのか?
そしてE.T.はエリオットの頭を指してこう言います。「(お別れだけど)僕は、ここ(記憶の中に)にいるよ。」
E.T.はイノセントの象徴でもある。それまで物語の定型は、大人になる為に通過儀礼を通して心の中の子供を殺さなくてはならなかった。しかし、スピルバーグが『E.T.』で提示した結論は大人になっても心の中に「子供=イノセント」を持ち続けてもいいんだよ、という事だと思います。
↑ E.T.とエリオット少年が37年ぶりに再会するショートムービー
本文は映画評論家の町山智浩さんの著書、『映画の見方がわかる本―『2001年宇宙の旅』から『未知との遭遇』まで 』の『未知との遭遇』の章を下敷きにしています。僕が最も影響を受けた映画評論の本なので是非、一読ください!