ワンオペで独裁国家にならないように気をつけたい
おはようございます!
地方移住して、コロナ禍で離婚になり、それから一人で子供2人を育てる生活になりました。
自然豊かな土地で、それなりに子育てに力を入れている土地で、ママ友も出来ているので、完全にアウェイではないのですが、それでも小さな不満が溜まると大きなストレスになって時々(年に数回)爆発してしまいます。
事実、昨日は夕飯時から子供達が落ち着かなく小競り合いがあったり、コロッケが上手く揚がらず娘からダメ出しがあったりして、イライラしていました。
そして私は怒るときに、昔の話を持ち出して、子ども達にいつもこうだから間違ってしまうんだ、みたいなダメ出しをしている時があります。
それを言っても仕方がないし、論点が違うのも分かっているけれど、ただ怒りたい、うちのモヤモヤを解消したい、でもそれで子どもの心にどう影響するかまで考える余裕がない状況が起こります。
8月に施設に入った母から、仕事中や朝晩(ということは1日2‐3回)、靴を隠されたとかで連絡が来て、その度に安心させられるように話を聞くのですが解決に至らず、それが私の中でのストレスの一部となっています。近くに住む兄が仕事を調整して施設の母に会いに行ってくれるのですが、母はそれでは足りないようで私に電話が来ますが、私との会話だけでは母の不安は解決されていないようです。
それで思ったのが、母は私を子ども時代にほとんど褒めることがなかったけど、子育てをし始めて私の子供達がとても活発で愛嬌があるので(自分達兄弟と真逆)母が褒めてくれるのがとても嬉しく、それを励みに子育てを頑張ってきたけれど、認知症になって母がいっぱいいっぱいで私が支えなくてはと思うのですが、上手くできないもどかしさがあるなと感じました。どこかで褒めてくれる母を求めていたのだ、と気づきました。
子供達は年相応に生意気なことを言うことはありますが、私を大好きと言ってくれて元気いっぱいなので、完全に私の方がキャパオーバーな状況です。
自分の機嫌は自分で取れ、と言いますが、朝ジョギングしても、子ども達と美味しい魚や野菜を食べても、自分の心を満たすことができないもどかしさがあります。
まずは、子ども達に昨日の爆発を詫びたいと思います。
母への通勤中の車からのルーティンの電話も、辛抱強く聞けるよう、今からジョギングで頭をスッキリさせてきます。私が子供達にも母にも頼っていたのだなと自覚したのが、少しの一歩だと思いたいです。
今日も良い一日を!