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Michael Jackson名曲I’ll Be Thereの”be"について(4/4)

表紙写真 ”I’llBe There” (Solid center variant of the UK single, Wikipediaより)

「Michael Jackson名曲I’ll Be Thereの”be"について」(1/4)(2/4)(3/4)の続き(4/4)です。

I’ll Be Thereの歌詞にはAAVEの文法的特徴は見られないが、デビュー当時の歌い方に音韻的特徴を色濃く残す

余白が限られているので、肝心部分のみ簡単に解説します。 “I’ll Be There”の歌詞は上述した通りASEで書かれたもので上表のAAVEの文法上の特徴は見られません。但し、1970年代当初のThe Jackson Five時代のMichaelとJermaineら他の兄弟は当時のAAVEの音韻体系の特徴を色濃く残しています。それに対してDiana Ross and the SupremesはASEの音韻体系で歌っています。上の表を見ながらもう一度聞いてみてください。1970年 The Jackson Five “I’ ll Be There”です。例えば、pactはpac’/pa(k)/に、protectはpo’tec/p ɔ: tɛ(k)/に、just call my nameはjus’ ca’ ma’ na’/jɨs kɔ: mah nɛ:(m)/に聞こえませんか?

AAVEの象徴的特徴不変beを示すI be de’/ah bi: dɛ/と発音

特に注目したいのは、AAVEの最も象徴的な特徴とされる不変be(invariant be)の影響です。The Jackson Five時代における、歌詞のサビ(hook)にある“I’ll be there.”の発音にその痕跡がしっかり残っています。Michaelも他のメンバーもI’ll be there/ai l bi: ðɛ/ではなく、AAVEの不変be(invariant be)で
I be de’/ah bi: dɛ/と歌っています。

同じ時期Diana RossらThe Spremesは”We’ll be together"を標準英語で


Diana Rossらが“Someday We’ll Be Together” で“We’ll be together”をASEでWe‘ll be together/ ˈwi l bi: təˈɡɛðə/と歌っているのとは対照的です。[6]  (1/4)で述べたように、Dianaらは既に20代でMotownの発音trainingに付いていったのでしょうが、The Jackson Fiveは少年達であったために、あまりにも急激なデビューには間に合わなかったのでしょう。熱烈な1970年代AAVEファンの筆者らには嬉しい誤算です。

Michael JacksonはMotown Recordsを離れ世界的スーパー・スターになるにつれ不変beではなくASEの発音に

その後Michaelは独立してMotownを去り、全米はおろか世界的スーパースターになるにつれ英語もASEになります。多くの読者がご存じのデビューから10数年後の1980年代国際的スーパー・シンガーとして名声を打ち立てた“Beat It”や“Billie Jean”などの名曲などを出す頃にはAAVEの面影を失い、ASEで歌っています。その後グローバル・スーパー・スターとなり、2009年に逝去した時にはその感は更に強まります。その痕跡が節目節目で歌っている“I’ll Be There”に鮮明に残っています。それを念頭に、前回紹介したThe Jackson Five時代、Motown 25周年、1997年のミュンヘン・ライブで歌った“I’ll Be There”を聞いてみてください。特にAAVEの不変be(invariant be)に注視し、 ASE流のI’ll be there/ai l bi: ðɛ/に変わっていく様子を聞いてみてください

1970年(The Jackson Five)
https://www.youtube.com/watch?v=W-apaIOOoAo
https://www.youtube.com/watch?v=rP8c-ggXqcw

1983年(Motown 25 Anniversary)
https://www.youtube.com/watch?v=ScAxcogl8Gc

1997年(Munich Tour)


Motown Records に残ったJermaine Jacksonは不変beをはっきりと


1983年のパーフォーマンスでは、Motownに残ったJermaineのみinvariant beの影響を強く残し“I be”/ah bi/と歌っているのにお気づきでしょうか。(筆者はJermaineの大ファンです。)社会言語学でいうところの言語とアイデンティティ(language and identity)が分かり易く表出している良例です。言語には方言とスタイルがあります。私たちは状況によってそれを使い分けますが、どの方言のどのスタイルで話し、いつどこで誰と何を話すかで違います。英語も

色々な方言色々なスタイルがあり、フォーマルスタイルの標準語を介するだけでは終わりません。これだけ覚えれば英語はペラペラになるなどとの宣伝を目にしますが、社会言語学的には疑問です。第14回でも述べた通り、全ての言語には複数の方言があり、方言にはスタイルがあります。社会言語学では言語変種(linguistic varieties)と言います。それぞれが複雑な音韻、形態、統語、意味のルール体系を持っています。それぞれの言語の母語話者は状況により使い分けているのです。英語には夥しい変種の数があり、それぞれに複雑な構造があり貴重な伝統文化があります。

筆者がThe Jackson Five時代のリコーディングをこよなく愛するのは

話を戻します。筆者が初めてこの曲を聞いたのはアメリカ留学2年目で、アメリカ社会の負の部分に目を向け始めた頃です。概して、留学1年目はホスト国に対し非常にポジティブですが、日常会話に不自由する事が無くなる2年目には、活動範囲が広がり、ネガティブな面にも目が向きます。第139回で紹介したように、筆者自身も日系3世との触れ合いが増え、日系社会が置かれてきた差別的境遇に目を向けるようになりました。1年目は聞き取れなかったことがよく聞き取れるようになりました。ある日、ある中年の白人男性が、筆者の知り合いの白人男性に、筆者について、“He’s a nice-looking fellow for a Japanese.”と言っているのを耳にしました。お世辞のつもりでしょうが、この発言のforには日本人は概してnice-lookingではないという前提が想定されています。筆者などnice-lookingではありませんでしたし、nice-lookingの日系人は大勢いましたから、偏見とは恐ろしいものです。

そんな時でしたから、マイノリティ・グループの先頭に立って偏見と立ち向かうAfrican Americansはとても格好良く見えました。AAVEは旗頭の象徴のような存在でした。そんな筆者がこの歌を初めて聴いたのが 第139回で述べたEast Oaklandのアフリカン・アメリカン地区のEast 14th Streetに向かう途中でした。The Jackson Five 時代に歌った“I’ll Be There”はAAVE の香りと共に、そんな青春の一幕を蘇生させてくれるのです。

現在のAAVEは1970年代とは様変わり

現在のAAVEはhip-hopなどにも見られるように、1960年代、70年代のAAVEとは違います。手始めに、以下のサイトをチェックしてみてください。

Linguists on African American Language: John Baugh

African-American English Structure History and Use

The United States Of Accents: African American Vernacular English

https://www.languagejones.com/blog-1/2014/6/8/what-is-aave

https://www.youtube.com/watch?v=K7FIky7wplI

https://www.youtube.com/watch?v=rNjhB1DW_-s

https://www.youtube.com/watch?v=VpLQmyS7-jw

https://oraal.uoregon.edu/facts

https://multimedia-english.com/phonetics/black-american-english

これを機に関心ある読者はSociolinguistics(Linguistic Society of America)もチェックしてみてください。言語多様性の素晴らしさが分かると思います。

(2022年5月記)


[6] 単に発音上の問題です。不変beで歌ったからと言って、“Sometimes I be..”という意味を込めて歌ったとは限りません。外国語の音や文法項目が母語に無い場合に、それに近い音や項目で代用することがあります。

For Lifelong English 生涯英語活動のススメ (鈴木佑治Website)

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鈴木佑治
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