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Michael Jackson名曲I’ll Be Thereの”be"について(3/4)


表紙写真 ”I’llBe There” (Solid center variant of the UK single, Wikipediaより)

はじめに

「Michael Jackson名曲I’ll Be Thereの”be"について」(1/4)(2/4)の続き(3/4)です。

今回は1970年代のアフリカ系アメリカ人英語(African American Vernacular English ,AAVE)の特徴について解説します。確固とした音韻、統語、意味の体系を持つ複雑な社会方言であり、当時のアフリカ系アメリカ人のアイデンティティーに深く根ざすものであることが分かるでしょう。簡単には真似できません。筆者もアメリカに10年滞在しましたが、言っていることは理解できてもとうとう話すことはできませんでした。

少々難しいかもしれませんが標準語と比べてどこが違うか理解できると面白さが増します。筆者はアフリカン・アメリカン・ミュージックはもちろんことRichard PryerやDick Gregoryなどのコメディアンも大好きなので大変役に立ちました。

あまりにも専門的と思える情報は本文から切り離し関心ある読者の為に後部注[1}~[5]に列挙しました。


Motown Records時代のMichael JacksonとDiana Rossの言語的違い

Motown Records時代のMichael JacksonとDiana Rossは言語学的にどう違うのでしょうか。

Peter Trudgillは、その著Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society(Penguin Books, 1974)の3章 “Language and Ethnic Group”で、1960年代後半から1970年代初期におけるAfrican American Vernacular English(AAVE)の代表的な特徴を列挙しています。以下、併せて筆者の恩師の一人Ralph Fasold著The Sociolinguistics of Language(Blackwell, 1990)も参照し、まとめます。

1970年代のAfrican American Vernacular English(AAVE)の主要な特徴


1.音韻論(発音pronunciation)上の特徴]

(1)rの発音

・cartのように、rの次の音が子音の場合は発音されない。(例:cart→/ca:t/)

・carのように、rに続く音がない場合は発音されない。(例:car→/ca:/) [1]

・Carolのように、語の中間で母音に挟まれる場合は発音されない。
(例:Carol→Ca’ol; Paris→Pa’is) [2]

・fromのように、 語の最初の子音に次に続く場合は発音されない。
(例:from→f’om;protect→p’otect) [3]

(2)thの発音

・thingやthisのように、 語の初めにくる場合、それぞれ、(/θ/ではなく)/t/、(/ð/ではなく)/d/と発音される。(例:thing→ting;thick→tik; this→dis;them→dem)[4]

・brotherのように、語の中間に来る場合、/v/と発音される。(例:brother→b’uvvuh /bəvə/ )

(3)American Standard English(A S E)では、lost, west, desk, end, coldのように、語尾が2つの子音で終わる語が、次に子音で始まる語と組み合わさる場合、最初の語の最後の子音は発音されない。(例:lost time→los’ time west time→wes’ coast)

しかし、lost elephantのように次ぎの語が母音で始まる場合は発音される。(例:lost elephant→los’ elephant westend→wes‘ end)

一方、AAVEの場合は発音されない。(例:lost elephant→los‘ elephant west end→wes‘ end)

(4)ASEでは-st, -sp -sk で終わるtest, clasp, deskなどの名詞の複数形はtests, clasps, desksであるが、AAVEでは最後の子音は発音されず、 test→tes’; clasp→clas’; desk→des’になり、複数形はtesses /tesiz/, classes /klasiz/, desses /tesiz/になる。

また、接頭辞-ing形は、testingではなく、tessingに、接尾辞-er形は、testerではなく、tesserである。南部の白人の一部もtest → tes’と言うが、tessing ではなくtesting、tesserではなく testerと言うので、AAVE固有の特徴と言える。

(5)run, rum, rungのように/n/ /m/ /ŋ/ のような鼻子音(nasal consonant)の前にくる母音はみな鼻音化し(nasalization)、かつ、最後の子音は発音されない。よってrun, rum, rung →は、みな、/r ə /になり/ə/は鼻音化される。

(6)/l/が発音されない非発声的(non-prevocalic)/l/ と称する現象がある。例えば、toldの/l/の発音が省略されてtoeと同じ発音になる。(例:told→/tɔ:/)

(7)語尾が /b//d//g/である場合は無声化(devoicing)される。例えば、 budはbut と同じ発音になる。但し、母音が短母音/bət/ではなくやや長母音の/bə:t/になる。(例:bud→ /bə:t/)更に、語尾の/d/は省略される場合があり、例えばtoadはtoeと同じ発音になる。(例:toad→/tɔ:/)


2.[文法(統語)上の特徴]



(1)3人称単数現在形-sを取らない。(例:He go. It come. She like.)

(2)Be -動詞の現在形が無い。(例:She real nice. They out there. He not American. If you good, you going to heaven. )

AAVE: He busy right now.
ASE: He is busy right now.

(3)不変beinvariant be)。最重要の特徴はbe動詞を定形(finite form)として使用する不変be (invariant be)である。通常、usuallyや sometimesやalwaysなどの副詞を伴い、 不変 be は、慣習相(habitual aspect)を持ち、出来事が繰り返される(repeated)が持続しない(not continuous)ことを表す。

よって、AAVEでは* He be busy right now.や*He be my father. は非文(*)である。(例:He usually be around. Sometime she be fighting. Sometime when they do it, most of the problems always be wrong. She be nice and happy. They sometimes be uncomplete.)

AAVE: Sometimes he be busy.
ASE: He is busy sometimes.

AAVEの起源には諸説あり、その内の一つの説は、カリブ海クレオール(creoles)から派生したと主張している。カリブ海クレオールでは、動詞において、出来事が繰り返されたか(repetitive)、持続されているか(continuous)、完結したか(completive)等々を問う相(aspect)が、出来事の時空の位置(過去、現在、未来など)を指す時制(tense)より重要である。AAVEの不変beinvariant be)はまさにそうした相に該当し、諸説あるAAVE起源説におけるクレオール起源説を裏付ける証拠となる特徴である。[5]

(4)完結相(completive aspects)や遠い過去相(remote aspect)。AAVEにもA S Eのように現在完了(I have talked.)、過去完了形(I had talked.)がある。加えて、 行為が完結したことを示す完結相(completive aspect 例:I done talked = my talking is completed.)また、出来事が遠い過去に起きたことを示す遠い過去相(the remote aspect 例:I been talked. =my talking occurred in in the remote past.)がある。

(5)将来起こる結果(future resultative)を示すbe done。(例:I’ll be done killed that mxxxxx fxxxxx if he tries to lay a hand on my kid again. John Baughより)

(6)間接疑問文の語順は直接疑問文と同じ(question inversion)である。(例:I asked Mary where did she go. I want to know did he come last night.)

(7)存在のit(existential it)= ~がある、~がいる(it is = there is)。(例:It’s a boy in my class name Joey. It ain’t no heaven for you to go to. Doesn’t nobody know that it’s a God.)

(8)文中に否定形不定代名詞 nobodyや nothingがある場合は、文頭に否定形の助動詞doesn’tやcan’tを伴う。(例:Can’t nobody do nothing about it. Wasn’t nothing wrong with that. 平常文のイントネーション.)

以上、Peter Trudgill著Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society (1974, Penguin Books)より抜粋し、Ralph Fasold著The Sociolinguistics of Language(1990, Blackwell)を参照し、筆者が編翻訳したAAVEの大まかな音韻論、統語論の特徴です。

(4/4)に続く


[1] これはnon-prevocalic/r/(cf. rhotic/r/)と称され、イギリスや A Transatlantic Cross-Dialectal Comparison of Non-Prevocalic /r/ ニュージーランドのNon‐Prevocalic /r/ in New Zealand Hip Hop英語でも見られる。

[2] この現象はintervocalic/r/と称される。

[3] この特徴はイギリスのReceived Pronunciation(RP)にも見られる。(例:very nice→ve’y nice)

[4] 頻度はAAVE に比べて少ないがWhite American Englishでも見られる。

[5] AAVEの起源については諸説あるが、1)~4)の4つの見解に集約される。

1)The ‘different-equals-inferior‘ view(「違うことは劣ること」とする見解)。この見解に影響され、African AmericansとWhite Americansの話し方には違いが無く、AAVE の特徴とされるあるものは英国方言に遡り、あるものはアメリカの白人英語内でのイノベーションである。しかし、実際にはAAVEには独自の特徴があるので、言語学者はこの見解を受け入れない。1970年代のAfrican American活動家はエスニック・グループ的アイデンティティの確立を訴える一方、この見解に影響され、AAVE 固有の相違を強調する言語学者の見解に否定的な姿勢をとる傾向があった。 (言語学は言語変種間の優劣を否定し、言語変種間の相違を否定的ではなく母語話者の文化とアイデンティティを示す肯定的な特徴として捉えており、この見解を否定する。)

2)The dialectologist view(方言学的見解)。AAVEは白人英語とは違いがあるが、AAVEは歴史的に英国英語から派生し、さまざまな英国方言が混ざり現在に至る。AAVEは他の方言には無い英国英語の古い特徴を残している。

3)The integrationist view (統合的見解)。 歴史的記録によるとアメリカの黒人はかつてアフリカ影響下のクレオール語を話していたが、現在の黒人英語には白人英語に見られない特徴は無い。 即ち、かつては相違があったが、現在では南部の白人英語と見分けがつかない。

4)The creolist view (クレオール的見解)。 多くの言語学者が認めるようにAAVEと他の方言とは重大な相違があり、それらの相違はAAVEのクレオール起源説が最も的確に説明できる。AAVEは、英語クレオールの一つであるが、カリブ海の他のクレオール英語に観られるように、徐々に非クレオール化した変種である。 Trudgill の見解。 AAVE は今日 独立したエスニック・グループ変種として機能しており、その話者はAfrican Americansとしてのアイデンティティを持つ。AAVEの多くの特徴はアメリカ合衆国初期の黒人(the first Blacks in USA)がある種の英語クレオールを話していたという事実に起因する。AAVE と西インド諸島のクレーオールの類似性は無視できない。

For Lifelong English 生涯英語活動のススメ (鈴木佑治Website)




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鈴木佑治
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