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小説 ふじはらの物語り Ⅰ 《侍従と女官》 56 原本

梅壺御殿におけるお上と尚侍、および、二人の内侍らとのご参会は、いつになく、名残り惜しい余韻を孕(はら)みつつ、お喜びの内に終わりを見たのであった。


家春は、またしても、お上の御後ろをお守りしながら、清涼殿に引き返して行く一行の中にあって、先ほどの光輝くような光景を、心の中で幾度となく反芻(はんすう)したものであった。



梅壺御殿の御柱までが、慕わしいのである。

黒髪の女は、立ち上がると、さほど髪の巻き具合が目立たなくなるのが、家春には気になった…。

また、顔(かんばせ)も、見馴れれば、特にその“異なる”感じが脳裏で「認められる」ということもなくなった。

ただ、目だけは、いつまでも非常に印象深いものであった。

仔鹿の瞳。そして、漆黒の色味。

それを真横より眺めれば、唐(から)渡りの比較的浅い碗で、縁(へり)が極めて鋭いものを縮尺して、白目に載せたようなところ。

それが、あの笑顔の中で光輝いているのである。

“眉は、本当の眉は、一体どんな具合なのであろうか。”

薄化粧に黛(まゆずみ)を、女官らしく、額に上品に載せつつ、頭(こうべ)を傾(かし)げて、遠望するかのごとくであるのは、“本当の彼女なのであろうか。”

“少しやせ気味なのは、若さのせいか。

それでも、首すじの辺り、仄(ほの)見える限りでは、とても健康そうに思われる。

あの者の本当の肌の色など、分かろうとするのは、今、とても下卑た行いに思われる。”

とは言うものの、彼女がすっくと立ち上がり、微笑みを顔に浮かべると、大変に立体的な身の丈の上で、世にも凄まじいくらいの白さで、それが発光しているかのようなのである。

また、それからしゃがみ掛けて、何かを手にしようとする様は、木の枝に小枝を結わい付けた器械仕掛けのようでもある。つまり、華奢なのである。


そんなことを、家春は回想しながら、敢えて心で、

「襲芳舎の君(尚侍のこと)、梅壺御殿。」

などと嘯(うそぶ)きながら、“おさおさ任務に怠りあるまじき”と気を引き締めようとするのであった。



家春は、今宵、そのままお上の宿直を仕(つこうまつ)ることになっていた。

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一(はじめ)
経世済民。😑