小説 ふじはらの物語り Ⅱ 《陸奥》 40 原本
陸奥介が当地に赴いてから四年経った頃のある日、なゐ*が起こった。
*地震のこと
その一週間ぐらい前から、動物がざわついていた。
家ねずみが逃げた。
井戸の水位が下がっていた。
山の背の上で変な雲が出た。
けれども、ほとんどの人々がそんなことつゆ意に介さないでいたら、挙げ句に未曾有の災禍に見舞われた。
前と後とで何の因果があるのか知れたものではなかったが。
陸奥介は官舎にいた。
陸奥介の家族、及び、刀自の親子は邸にいた。
刀自が厨(くりや)で青物の仕分けをしていると、何だか体が微かに震え出しているのに気がついた。
横を見遣ると、甕(かめ)に張った水の表面が波立っている。
梁の上から細かな埃が舞い落ちて来た。
甕の中の水が大きく揺らぎ出す。
けたたましい轟音が辺りかしこから伝わって来るより先に、家屋敷が縦横に激しく震動した。
それも、今までに経験したことのないような大きさと長さで。
それが収まりかけたと同時に、刀自は這いつくばりながら、奥方やお子様達、そして、我が子がいる表の居間に駆け込もうとした。
が、また大きいのがやって来た。
ほうほうの体でやっと厨(くりや)を出たと同時に水甕が倒れた。そして、割れた。中の水が勢いよく周囲に撒き散らされた。
そして、先ほど刀自がうずくまっていた場所に大きな棚が倒れ込んだ。
青物はその下敷きとなって、皆ぺしゃんこであった。
刀自が表の居間にたどり着くと、奥方が腰を抜かしてうずくまっている。
何とかそれを立たせて、外に運び出そうともう一人の侍女が試みるが、うまくいかない。
それを心配して、嫡男以外の子供達、そして、刀自の娘も外に退避しない。
そこに刀自が加わって、何とか奥方が立ち上がった。
また、男の家人達や嫡男も外から一散に寄り集まって来た。
彼らは子供達を小脇に抱えたり、半ば引き摺(ず)るようにもしながら、外に出した。
そして、奥方も侍女達に両脇を抱えられながら、ようやく外に逃げおおせた。
すると、また三度目の大きな揺れが彼らを襲った。