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絵で読む『源氏物語』これはどんな場面~スペンサーコレクション 源氏物語絵巻 帚木巻 第一図
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この絵の舞台は左大臣邸。左大臣は、結婚してから時間がたつのに、源氏の君と姫君の仲がよそよそしいままであることに胸を痛めながらも、帝が物忌中*なので、宮中で宿直している源氏の君のもとに、着替えをとどけさせるなど、細やかにお世話します。
帝の物忌がようやく終了したのでしょうか、源氏の君は、この日、ひさしぶりに左大臣の邸を訪れました。
*「物忌」怪異や悪夢を見ると陰陽師が占って期間を定め、人の出入りを禁じて、謹慎する。帝が物忌のときは、臣下も宮中に宿直した。
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ようやく今日は梅雨の晴れ間になった。このように宮中で宿直ばかりなさっているのも、大殿(左大臣)が気を揉んでおられるかと気の毒なので、大殿の邸に退出なさった。邸内の雰囲気も、女君(葵の上)の様子も、清らかで気品があり、乱れたところが全くない。やはり、この人こそ、あの人たちが捨てがたいともてはやす、浮ついたところのない誠実な妻として頼りにできるのだろうとお思いになるけれど、あまりにもきちんとしすぎていて、うちとけにくく、源氏の君に気をつかって目立たないようにしておられるので、物足りない気持ちがして、中納言の君、中務などの、人並み以上に美しい女房たちに、冗談などをおっしゃりながら、暑いので直衣を着崩しているお姿も美しく、まわりの人々はそれを愛でていた。大臣(大殿)も部屋にお越しになって、くつろいで几帳ごしにお話しなさるので、源氏の君が「暑いのに」としかめっ面をなさると、人々が笑う。「しっ、しずかに」と言って脇息に寄りかかっておられる。すっかりくつろいでいらしゃいますね。
からうじて、今日は日のけしきもなほれり。かくのみ籠りさぶらひたまふも、大殿の御心いとほしければ、まかでたまへり。おほかたの気色、人のけはひも、さやかに気高く、乱れたるところまじらず。なほこれこそは、かの人々の棄てがたくとり出でしまめ人には頼まれぬべけれと思すものから、あまりうるはしき御ありさまの、とけがたく恥づかしげに思ひしづまりたまへるを、さうざうしくて、中納言の君、中務などやうのおしなべたらぬ若人どもに、戯れ言などのたまひつつ、暑さに乱れたまへる御ありさまを、見るかひありと思ひきこえたり。大臣も渡りたまひて、うちとけたまへれば、御几帳隔てておはしまして、御物語聞こえたまふを、「暑きに」とにがみたまへは、人々笑ふ。「あなかま」とて、脇息に寄りおはす。いと安らかなる御ふるまひなりや。
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左大臣の姫君
左大臣の姫君(葵上)は、弘徽殿女御から東宮の妃にと望まれていましたが、左大臣は、源氏の君と結婚させました。そのとき、源氏の君は十二歳、左大臣の姫君は四歳年上です。現在なら、小学六年生の男子と高校一年生の女子のカップル(平安時代の貴族なら結婚適齢期)。年齢を重ねると四歳の年の差なんて気になりませんが、結婚当時十六歳の姫君にとっては、みんなが光源氏と褒めたたえる年下の美しい男君は、とても眩しい存在でした。それが夫でなければ、女房たちのように、まあ、なんてかわいいんでしょうと、にこにこ眺めていればよいのでしょうが、そういうわけにもいかなかったようで。
帚木巻では、源氏の君は十七歳です。結婚して五年たっても、左大臣の姫君の緊張はまだ続いているようですね。どうだろう、姫君は東宮妃として入内していたほうが幸せだった?『源氏物語』を読むたび考えてしまいます。
くつろげる場所
しかし、左大臣の姫君の緊張をよそに、若い女房たちを相手に、源氏の君はずいぶんくつろいでいるようです。
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