絵で読む『源氏物語』これはどんな場面~源氏物語手鑑 花宴(二)
内大臣家(弘徽殿女御の実家)で催された藤花の宴。遅咲きの桜も2本描かれています▼。ところで源氏の君、何をなさっているの?(左端)
花宴の夜の出会い
宮中で花宴が催された夜、源氏の君は、弘徽殿で出会った姫君と結ばれました。
いつもの〈源氏も歩けば美女にあたる〉的な展開と思いきや、この出会いが、あとあと源氏の君が都から逃げ出す原因になっていきます。美しくも危険な出会い。その続きを。
夜明けが近づき、別れの時間がきました。
ーーーーーーー
源氏の君が「やはりお名前を聞かせてください。これでは、あなたに文を差し上げることができません。これっきりにしようなどとは、お思いにならないで」とおっしゃると、
うき身世にやがて消えなば 尋ねても草の原をば問はじとや思ふ(わたしの身が、もしこの世からこのまま消えてしまったなら、わたしを探しに、草の原を訪ねたりはしないおつもりですか)
と言う様子が、とてもあでやかで美しい。「もっともなことです。言葉を間違えました」と言って、
「いづれぞと露のやどりをわかむまに 小篠が原に風もこそ吹け(どこにいるのかと露の宿りをみつけられない間に、小篠が原に風が吹いて、露が消えてしまったらどうしよう、私は困ってしまいます)
もう関わりあいになりたくないとお思いでなければ、どうして隠すのです。もしやわたしをからかっていらっしゃるのですか」
と盛り上がっていますが、ふたりがいる場所の近くまで、人が出入りする音が聞こえてきたので、扇だけを交換して別れました。
右大臣邸の藤花の宴
弘徽殿女御の妹たちは、花宴を見物しに来ていて、その夜は宮中の姉の殿舎、弘徽殿に泊まっていたようです。源氏の君は、あわただしく別れた姫君の素性を、五の君か六の君のどちらかだろう、六の君は、東宮に入内することが決まっていたはずだが、と推理します。
宮中の花宴の約1か月後、3月20日過ぎに、右大臣は自邸で藤花の宴を催します。源氏の君が参加すると宴が盛り上がるので、右大臣が何度も熱心に誘い、帝もすすめたので、源氏の君は出かけることにします。
ーーーーーー
文様を浮かせた唐織物の白地に紫の裏地を重ねた直衣、葡萄染の下襲、裾をとても長く引いて、他の参加者はみな正装の束帯姿なのに、しゃれた姿で、さりげないけど優美に見えて、丁重に案内されながら入っていらしゃるご様子は格別である。花の美しさは、源氏の君の美しさに圧倒されて、かえって興ざめである。
本日も絶賛されております。
みんなで管弦をし、それが一段落したあと、源氏の君は酔ったふりをして、女一宮、女三宮がいる寝殿に向かいます。この邸の女性達も宴の様子を見ようと、御簾の近くまで出て来ていました。
ーーーーーーー
「気分がすぐれないのに、しつこく酒を勧められて困っております。おそれ多いことですが、この御前で、蔭に隠れさせてください」と言って、身体の上半分に出入り口の御簾をかけていらっしゃるので、「まあ、こまったこと。身分の高くない人なら、宮さまたちとの縁を口実にするでしょうが」という様子をご覧になると、軽々しいけれど、並の若い女房たちではなく、この邸の姫君のうちの誰かだと雰囲気でわかる。
どこからともなく薫ってくる香の煙が何本もゆるやかに立ち上って、衣ずれの音を派手に立てて、奥ゆかしくひかえめな様子はなく、当世風を好んでいらっしゃる家なので、高貴なかたがたも見物をなさろうと思って、こちらの戸口の近くにお出ましになっているにちがいない。それはふだんなら好ましいことではないが、今日は好都合と思って、どこにいらっしゃるのだろうかと、どきどきして、「扇を取られてからきめを見る」とわざとおどけた声で言って、近寄った。「不思議ね、変わった高麗人だこと」と返事をする人は、源氏の君の意図がわからないのだろう。返事をせずに、ただ時々ため息をついている気配がする方に寄りかかって、几帳ごしに手をつかんで、
「あづさ弓いるさの山にまどふかな ほのみし月の影や見ゆると(梓弓のようなかたちの月が入る(沈む)、いるさの山で迷ってしまいましたよ。ほんのすこしだけ見えた月のような、あなたの姿が見えるかと思って)
どうしてでしょうね」とあてずっぽうにおっしゃるので、堪えきれなくなったにちがいない。
「心いる方ならませば ゆみはりのつきなき空に迷はましやは(もし心を入れて探しているのなら、弓張の月がでていない空であっても、迷ったりするでしょうか、迷わないはずなのに」
という声は、まさしくそれだ。とてもうれしいものの‥‥。
高麗人
「石川の高麗人に 帯を取られて からき悔いする」(石川)
貴族たちが宴席などでよく謡う催馬楽の一曲です。高麗人なら“帯”を取られるはずなのに、源氏の君は“扇”を取られると言った、変な高麗人ねと感想を言うのは事情がわからない人、「扇を取られてからきめを見る」はふたりにしかわからない合言葉でした。
右大臣家の六の君は、花宴の夜からずっと、源氏の君のことを考えていました。東宮に入内することが決まっているのに、源氏の君を好きになってしまった。東宮の母でもある、こわ~い姉の弘徽殿女御に知られてしまったらどうしよう。でも、好き。
「花宴」巻は「いとうれしきものから」で終わっています。さあ、この恋はどうなる!どうなる!
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?