文体の舵をとる─『文体の舵をとれ』第四章
『文体の舵をとれ』第四章「繰り返し表現」の習作です。過去の記事はこちらのマガジンにて。
●問一 語句の反復使用
幽霊なんて信じない。何度も自分に言い聞かせながら俺はこの霊峰を上り詰め、幽霊が出ると噂される霊廟の前に立っている。登る途中も霊気などさらさら感じなかった。この場所も同じ。いかに霊験あらたかな霊廟と世間から言われていようが、俺にとっては苔むした唯の建造物。岩戸を無理やりこじ開け、塗装が剥げた棺を眺める。存在もしない幽霊からの罰など当たるものか。どれ、棺を開ける前に一枚撮ってやろう。スマホのカメラを棺に向け、はいチーズ、と呟きながら撮影する。フラッシュが炸裂した瞬間、冷えた風が俺の首に触れた。フォルダに保存された写真は何故か三枚。連写はしていないはず。写真を確認すると、棺と重なるように大きな瞳が写り込んでいる。──幽霊。
●問二 構成上の反復
「お願いします」
乱取り稽古は礼により始まる。頼りない声とともに頭を下げる黒瀬の前髪が、少し揺れた。
1ヶ月前、俺は黒瀬を強引に柔道部に誘った。5月になっても新入部員が俺しかおらず、顧問から強引に頼まれ、同じクラス唯一の帰宅部に声を掛けた。一目で判る軽量級……。俺と同じ階級。柔道に向いてない、なんて言い訳は通用しない。小学生時代はサッカーで鳴らしていたらしいが、中学3年間の帰宅部生活は長いようだ。出足払いを掛けただけで、すぐに畳の上にへばり付く。黒瀬が特別弱いんじゃない。白帯の誰もが通る道だ。
それにしても、真新しい道着の襟は硬くてやり辛い。五分刈りの髪を人差指で弄りながら、俺は黒瀬が立ち上がるのを待った。
──
期末テストが終わり、夏休みを目前に控えた頃。俺は別のやり辛さを感じるようになった。
黒瀬の飲み込みは想像以上に早かった。寝技の“亀”が堅くなった。打ち込み稽古のキレも日に日に増している。組み合う力も体幹も強くなり、乱取り中に技を防がれることも増えた。
そして訪れた部内戦。無言の礼の後、改めて黒瀬と向かい合う。
──寒気がした。瞳から物怖じが消えている。落ち着け、乱取りで投げられたことが一度だってあるか?
基本に倣って相四つで組む。右手で首元を掴み圧を掛ける。固かったはずの襟元は、今やすっかり柔らかい。練習と洗濯を繰り返し、道着が完全に身体に馴染んだ証拠だ。いつも通り仕掛けてやる。右脚を出したと同時に、左脚を出し、右脚を思いっ切り振り下ろす。大外刈り。崩せない。返された。
俺の背中が畳を打ち鳴らした。顧問の判定を聞かなくたってわかる。
一本。
その日から、俺は稽古に行くのを止めた。
──
顧問からの電話も無視して夏休みを怠惰に過ごしていた時、俺の家に黒瀬が現れた。部屋着のままサンダルを履き、黒瀬と共に慌てて外に出る。
黒瀬は俺を眺めていた。伸びた髪の毛がそんなに珍しいのだろうか。視線に耐えられなくなり、つい俺は声を荒げた。団体戦のメンバーは先輩たちとお前で足りてる、俺が居なくたって困らないだろ。苛立ちを正当化するような言葉が、すらりと漏れた。
黙っていた黒瀬が口を開いた。俺を誘った時のこと、忘れるなよ。感謝してるんだ俺は。そう言い残して黒瀬は去った。戻って来い、とは言わなかった。
黒瀬を誘った時。
ああ、あれはゴールデンウィーク明けの放課後だ。帰ろうとしているお前を引き止めて、まだクラスの皆も残ってるのに、いきなり頭を下げたよな。で、言ったんだ。
「お願いします」
──俺は黒瀬を追った。
●振り返り
ここまで取り組んできた練習問題の中で、この「第四章 問二」が最も難しく時間が掛かった。恐らくリフレインを前提とした展開作りに囚われ、「プロットを作らずとりあえず書く、先は書きながら考える」──即ち“キン肉マンメソッド”が通用しなかったためだろう。また、8割程書き終えた段階で「過去作※の頭の台詞と一緒だ……」と気付いたが、時既に遅し。もっと引き出しを増やす必要があろう。
3月15日現在は、なおも「第七章 視点(POV)と語りの声」に苦戦中。「第四章」よりも更に時間が掛かっている。内容の重要性も難易度も非常に高く、更に問題数が他の単元よりも多い……。だが、難しいと感じるからこそトレーニングしなければならない。ジャンルに限らず、きっと勉強とはそういうものだ。
【続く】
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