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小説 星に願いを、JKに翼を 第7章[モノコン2024予選通過作]
あらすじ
星が好きという共通点を持って出会った5人のJK。それぞれが家庭の事情を抱えながら、自由を手にするために手を取り合う。時には傷つけ合いながら、縮こまっていた翼を伸ばす時、自分たちの夢を見つける少女たちの、逆境に負けないエネルギッシュな青春物語。
全9章(30,878文字)
玲奈と姫乃
玲奈はいつも通り、遅刻ギリギリで校門を潜り、教室へ駆け込んできた。姫乃が座る席の隣にドカッと音を立てて座る。
姫乃も1週間でそれに慣れたようで、他のクラスメイト同様、「おはよう」と何事も無かったように声をかけてくる。玲奈は誰よりも元気に挨拶を返した。
「ねぇ! 星見会に入ってくれる気になった?」
玲奈は姫乃に詰め寄る。この1週間、これも習慣になった。姫乃はいつも、「考えておきます」と言うので、玲奈はあからさまにしょんぼりとして見せる。それでもお昼は星見会のメンバーと一緒に食べているので、実質メンバーのようなものだ。
「そのことで、お昼にお話が」
いつものようにしょんぼりしようとした玲奈は驚いて目を見開く。どんな話なのか、姫乃の表情から探ろうとしたが、いつものニコニコ顔からは何も読み取れなかった。
お昼、いつもの空き教室に行く。いつものように他のメンバーはもう集まっている。
姫乃が転校してきた次の日、美代と沙代は姫乃の顔を見るなり飛んできて謝罪した。玲奈と優紀は呆気に取られたが、どうやら帰りに何か失礼な態度を取ったらしい。姫乃が、「気にしていませんから」と笑顔で言ってその話は終わった。でも、なんとなく2人の姫乃に対する態度がよそよそしい。何があったのだろうか。
お弁当を広げて、「いただきます」と言ってから、姫乃が透明な袋に入れられたケーキを人数分取り出した。全員の目が輝く。
「実は、今日はお話があって。もしよろしければ、私も星見会に入れていただけたらと。これはその、お近づきの印に」
中身は花野特製のパウンドケーキを小分けに切った物だ。しかし、これは姫乃が花野に教わりながら自分で焼いた物だった。見てくれはあまり良くないが、袋を開けると甘くて美味しそうな匂いがしている。
「すみません、初めて作ったので少し見た目は悪いんですけど……」
「何言ってんの! すっごく美味しそうだよ!」
「確かに、これは食後のデザートにうってつけだな」
「私は先に食べたいです!」
「私も!」
「勿論、筑比地さんの入会は大歓迎だよ。これからよろしくね」
「よろしくね!」
「「お願いしまーす!」」
「あ、ありがとうございます」
「ここではこれからは、筑比地さんのことはエアリーと呼ぼう。ようこそ、エアリー」
「はい、よろしくお願いします」
「それじゃあ改めて、いただきまー」
「あの!」
「す?」
「実はもうひとつお話があって」
「なんだい?」
「実は、父の知り合いに、星の観測や写真を撮ってる人がいるんですけど、その人の話では今年のペルセウス座流星群でかなりの数の星が流れるんじゃないかと……」
「それは絶対見なくちゃだな。流星雨というやつになるかもしれない」
「流星雨?」
「流れ星が雨のように降ることだ」
「それなら願い事言い放題じゃん!」
「ピースそれ見たいです!」
「シーズも!」
「まだ確実にそうなるとは言えないらしいんですけど、それでその、もしよろしければ皆さんご一緒に流星群を見ませんかと、お誘いしたくて……」
「勿論! むしろ流星群の時はみんなで星を見に行っているよ」
「お正月の時は寒くて死んじゃうかと思ったけど」
「みんなで温かい飲み物とお菓子を持ち寄ったんですよね」
「楽しかったなぁ。あんまり流れなかったけど」
「ここら辺は町明かりもあってそもそも星はあまり見れないからな。女子高生が夜にうろつくわけにもいかないし」
「それでしたら、うちに来てはいかがでしょう? もしよろしければ」
「え?」
玲奈がきょとんとした顔をしている。眉間にシワを寄せたのは双子だった。あまり乗り気ではないらしい。
優紀が最初に質問をした。
「エアリーの家はどこにあるんだ?」
「郊外の山の中です。町から離れていますし、開けた庭もあるのでちょうどいいかなと思ったんですが……」
「郊外の山って、もしかしてあのお城みたいな建物のこと!?」
「お城と言うほど大きくはないんですけど……」
「あの家、エアリーの家だったのか」
双子は黙っている。思った通りだと言うように、2人は視線を交わし合った。
「父も母も今アメリカで居ないんです。なので、気兼ねなく皆さんと星を見られると思って」
「ご両親が居ないんじゃ、逆に悪くないか?」
「いえ、お手伝いさんが居ますし、父も母も私がすることは基本許してくれますから」
「ふん。ただの金持ち自慢じゃん」
空気が一瞬でざらりとした。沙代がそっぽを向いている。どうやら言ったのは沙代のようだ。しかし隣に居る美代も同じ気持ちだと言わんばかりの顔をしていた。
「ちょっと、それどういう意味?」
「なんでレオ先輩が怒るんですか?」
「エアリーのどこが自慢だって言うの? 折角申し出てくれたのに」
「だからそれが自慢だって言ってるんです。両親がお金持ちで、運転士付きの送迎で、展望室があって、おまけに好きにしていいなんて、どう聞いても自慢にしか聞こえないでしょう」
「確かに他の人が言えばそう聞こえるかもしれないが、この1週間でエアリーと過ごして、エアリーはそういう人間じゃないとよくわかっているはずだ。純粋に私たちのために申し出てくれただけだろう」
「お金持ちな上に人格者ですか。施しを貰いたいわけじゃないんですけどね」
美代と沙代が交代で話す。どうやら1週間前に2人が姫乃に謝ったことと関係があるらしい。玲奈の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
玲奈が怒鳴ろうとした直前、姫乃が会話に割って入った。
「すみません! ご不快な思いをさせるつもりじゃなかったんです! 確かに私はとても良い暮らしをしていると思います。でも皆さんのように本当の友達を持ったことが無くて……。すごく憧れだったんです。私立の学校を辞めてこっちに転校するってなった時、期待する自分もいました。そんな時玲奈さん……レオさんに誘ってもらえて、すごく嬉しかった!」
「エアリー……」
「……そもそも、友達って言う割に敬語ですよね」
「え?」
「そうそう。年下の私たちにまでさ。良い子ちゃんぶってるって感じ」
「ちょっと、2人とも」
「もしお2人にとって私が不快なのでしたら入会は諦めます。どうか忘れてください。ケーキは差し上げます。ほんとに、すみませんでした」
さっとお弁当箱を片付けて、姫乃は教室を出て行った。気まずい沈黙だけが後に残される。姫乃の焼いたケーキが、静かに香りを漂わせていた。
自分のお弁当箱とケーキを急いでしまって、玲奈は姫乃を追いかけた。おっとりしているように見えて、姫乃は意外と足が速い。体育の授業でも、陸上部と争うほどの俊足だ。
すでに玲奈は姫乃のことを見失っていた。しかしなんとなく、姫乃が行きそうな場所に心当たりがあった。屋上に向かう階段を注意深く登っていく。
固く閉ざされた屋上の扉の前のスペースに、お弁当を広げて泣く姫乃の姿があった。玲奈は思わず駆け寄って姫乃を抱きしめる。
「れ、玲奈さん!?」
「ごめん、ごめんね。嫌な思いさせて」
「違うんです。私が余計なことを言ったせいで、嫌な空気にしてしまってすみません」
ボロボロと泣きながら謝る姫乃に、玲奈は少し大げさに首を横に振る。ショートヘアの毛先が姫乃の顔をくすぐる。
玲奈は一層の力を込めて姫乃を抱きしめて、ゆっくりと言った。
「姫乃さんは悪くない。たぶん、美代と沙代はたまたま虫の居所が悪かったんだと思う。たまにあるの。何か家の事情があるみたい。でも2人は教えてくれないから」
「皆さん、何かしら事情は抱えていますよね」
「そうそう。だから姫乃さんがお金持ちだって何もおかしくない。みんなそれぞれだもん。それに、最初の日になんとなくわかってたし」
「もしかして、見られてました?」
「うん。ばっちり。正直言うとさ、クラスの中でもこそこそ噂してる奴が居たんだ」
「えぇ。知ってます。そうなるだろうなとは思ってました」
「でもさ、そいつらに言ってやったんだ。妬む暇があるなら自分がもっと金持ちになればいいじゃん! って」
「そんなことを?」
「へへ。だって姫乃さんが選んだわけじゃないでしょ? それに姫乃さんはいつもみんなのことを気にかけてくれるし、嫌味も言わないし。馬鹿男子共が騒いでも優しいし」
「それは、注意する勇気が無いからで……」
「みんな姫乃さんが、お金持ちを鼻にかける嫌な奴じゃないって知ってるから」
「……玲奈さん」
「大丈夫。あの2人もそのうちわかってくれるよ。だからやめるなんて言わないで」
「でも……」
「そうだ! 今度、いや今日! 姫乃さんの家に遊びに行ってもいい?」
「え、今日ですか? でも、玲奈さん用事があるんじゃ……」
「用事?」
「いつも学校が終わるとあっという間にお帰りになるので……」
「あぁ、ちょっとね。でも今日は大丈夫! ね?」
「……わかりました。是非いらしてください」
「それ!」
「え?」
「敬語! 2人も言ってたけど、もう敬語は無し! あたしら友達でしょ?」
「友達……いいんですか?」
「悪い理由が見当たらないんだけど?」
姫乃はまた目をうるっとさせたが、泣くまいと袖で目を擦り、「は……うん!」と笑顔で玲奈に笑い返した。
2人は改めてお弁当を広げ、残り時間の少なくなったお昼休みを楽しんだ。
「これは……想像の何倍もスゴい」
この日、優紀は制服ではなく私服で姫乃の家に来ていた。学校は夏休みに入り、久しぶりの星見会の集まりだ。アスファルトに蝉の声と日差しが反射する。
あの一件の次の日、玲奈から姫乃の家のことを聞かされた優紀も招待されていたのだ。結局双子はお昼の集まりに1度も顔を出さなくなったが、姫乃は玲奈が引きずってでも連れてきていた。優紀は会が無くなってしまうと思って心配していたので、とりあえずは存続できそうで安心した。
玲奈が姫乃の家に遊びに行った時は、「お手伝いさんが泣いて喜んだ」らしい。たくさんのお土産を持たせてくれたと話していた。
そして優紀も、花野の少々オーバーに見える歓迎を受けた。それだけで、姫乃を自分の娘のように可愛がっているのが伝わってくる。まずはリビングで手作りおやつの盛大なおもてなしを受けて、優紀は展望室の中に居た。
玲奈が興奮気味に話していた展望室は、確かに衝撃だった。およそ個人宅の設備とは思えないほど、星好きの『ツボ』を押さえていた。
全天型ドームは勿論、最新鋭のプラネタリウム、本棚には最新の宇宙関連雑誌や書籍から幼児用の宇宙絵本まで揃い、望遠鏡も大きい。何よりも夜空を模した内装には心くすぐられる。公共の小さな天文台よりもずっと豪華だ。
壁には綺麗な夜景や星の写真がきちんと額装されて飾られている。聞くと全て姫乃がここから撮ったものらしい。
「星の写真を撮るのが好きなんです」
そう言って姫乃ははにかんだ。
優紀が展望室を一周していると、1枚の写真に目が留まる。嬉しそうに笑う少女と、少女を挟む男女。少女の手にはあの限定ストラップが握られている。
「その写真は、私が両親と出かけた最後の思い出なんです。親は1年のほとんどを外国で仕事してるので……滅多にゆっくり会えなくて」
そう寂しそうに言う姫乃を見て、「家族みんなで過ごせる我が家はマシなのかもしれない」と優紀は思った。なんだかんだ毎日家族揃ってご飯を食べたりゲームをしたり、うるさいと思うこともあるけれど、それは姫乃にとっては贅沢なことなのだろう。こんな豪邸に住んでいても。優紀にとって気に入らない人間がその輪の中に居ても。
展望室ツアーの後、庭も案内された。確かに空が近く、開けている。ここなら星空を見るのにうってつけだろう。
改めて、ここで星見会をやらないかと姫乃に誘われた優紀は、「是非に」と言って甘えることにした。折角なら泊まりで流星群を堪能しようとなった。星見会初の合宿だ。一応双子にも連絡を入れておく。
帰りは黒岩が家まで送ってくれた。黒岩も姫乃が友人を連れてきたことを大層喜んでいるようだ。話を聞くと、なんとあの展望室の内装は黒岩が手がけたらしい。
「お嬢様にお喜びいただけるよう全力で務めました。皆さんにも気に入っていただけたようで何よりでございます」
最後まで丁寧なこの老紳士は、「どうぞ、お嬢様をよろしくお願いいたします」と深々と頭を下げて、優紀が玄関に入るのを見届けた。
優紀は花野に持たされた大量のお土産を、夏休みに入って暇を持て余している妹たちに渡す。ひな鳥の如く群がりあっという間に平らげる様は、いっそ清々しいくらいだ。
珍しく奏汰も、「これ美味しい……」と言ってペロリと食べてしまった。花野特製パウンドケーキのいい匂いがリビングに残る。
優紀はそれを見届けて、「勉強するから」と言って自室に行く。本棚から取り出したのは参考書ではなく、ボロボロになった星座図鑑だった。
第8章 星見会初合宿 に続く
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