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沓掛良彦『エラスムス/人文主義者の王者』

☆mediopos-2279  2021.2.11

権力か反権力か
どのイデオロギーに与するか
白か黒か
さらに
どこに属するか
専門は何か
それらを明らかにしようとしないとき
ファナティズムは
そのことをこそ疎ましく思うようだ

エラスムスも一六世紀のヨーロッパで
双方のファナティズムから激しく攻撃を受ける

「エラスムスが卵を産み、ルターがそれを孵した」
といわれるように
エラスムスという「人文主義の王者」がいなければ
プロテスタントを生んだ宗教改革は
生まれていなかったかもしれない

たしかにエラスムスは宗教改革の種を蒔き
聖書理解への道を開いた最重要人物だったが
ルターに協力したわけでもなく
むしろそれを拒み
ルターから攻撃されたほどだ

また『痴愚神礼賛』や『対話集』にみられるように
当時のキリスト教会の在り方を厳しく批判したため
異端告発され上記の書などは禁書とされたりもしている

エラスムスは人文主義的な立場から
反狂信・寛容・非暴力の精神を貫いたため
その徹底した反戦・平和主義でどちらにも与しない姿勢は
どちらの側からも激しく攻撃されることになったのだ

激しく攻撃されたのは
エラスムスは一六世紀のヨーロッパで
それほど影響力を持っていたということでもある
その後もラテン語教育が衰退するまで
(エラスムスはラテン語のみで著作を行った)
ヨーロッパの知的世界に多大な影響力を持ち続けた

エラスムスほどの難しい立場でなくても
「不信と狂気そして不寛容」でないというのは
双方からよくは思われない
白か黒かはっきりしないものは
どちらからも見ても黒以上の黒に見えてしまう

しかもエラスムスはレオナルド・ダ・ヴィンチほどの
「万能の人、普遍人(uomo universale)」ではなかったものの
狭い専門領域だけで全体像が見えなくなってしまっている
現代の学者のようなありようとは異なり
「普遍的文人」とでも言うべき存在だったという

そのエラスムスが日本ではほとんど関心が持たれていないことから
その「知られざるエラスムス」を少しでも紹介したいというのが
本書を通じた著者・沓掛良彦さんの「願い」だそうだ

エラスムスの人物像を知ったのは
個人的にも本書がはじめてで
あわててラテン語原典から訳された『痴愚神礼賛』や
中央公論の世界の名著に収められている『対話集』などを
読み始めているところである

『ユートピア』で有名なトマス・モアが
互いに相手を「わが魂の半分」と感じるほどに
友情で結ばれあっていたということも始めて知り
当時のヨーロッパについてのみずからの無理解を痛感している
中央公論の世界の名著でもエラスムスとトマス・モアは
同じ巻に収められているにもかかわらず
その意味さえ理解しないでいた
己の「痴愚」を恥じるところだ

■沓掛良彦『エラスムス/人文主義者の王者』(岩波現代新書032 2014.5)
■エラスムス(沓掛良彦 訳)『痴愚神礼賛/ラテン語原典訳』(中公文庫 2014.1)

(沓掛良彦『エラスムス』より)

「今日のわれわれにとって、一六世紀のヨーロッパに生きた一人の知的巨人を知ることは、どういう意味をもつであろうか。
 まず言えることは、ルネッサンスとりわけ北方ルネッサンスの精神世界、知的状況を知る上で、エラスムスは不可欠の存在だということである。ヨーロッパ文明・ヨーロッパ文化というものはなおも学ぶべきものであるとするならば、そのヨーロッパの知的世界に劇的とも言える大きな変革をもたらし、その後の飛躍的な発展を招いたルネッサンスの意義は、いくら強調してもしすぎることはない。エラスムスは北方ルネッサンスを動かした人物であり、その象徴的存在でもあった。一五世紀のイタリア・ルネッサンスに続いて、フランス、イギリス、ネーデルラントなどにまで波及した一六世紀のいわゆる北方ルネッサンスは、幾多の傑出した人物を生んだが、エラスムスがその文学的盟友トマス・モアとともに、この北方ルネッサンスをなった二大巨星であることは、これまでに説いたとおりである。宗教改革の時代でもあった激動の時代を生きて知的世界に君臨し、一六世紀を「エラスムスの世紀」とまで言わしめたこの人文主義の王者が、同時代に及ぼした影響力は計り知れないものがある。」
「だがわれわれ今日の読者にとって、エラスムスを知ることの意味は、単に過去のヨーロッパを知ることだけに尽きるものではないはずである。名が広く知られているわりに実際に読まれることが少なく、またその生涯を貫いていた信念や精神が理解されているとも言いがたいこの国において、エラスムスの著作がわれわれにはたらきかけるものがあるとすれば、それはエラスミスムによってであろう。人類が痴愚女神の支配から脱し、狂気や狂信と無縁の存在にならないかぎりは、エラスムス的叡智が無用のものとなることはない。人間というものをとらえ支配している愚かさ、迷妄を明るみに出すと同時に、人文主義に基盤を置く反狂信、寛容、非暴力の精神に貫かれているのがエラスミスムにほかならないからである。彼が生きていた時代のみならず、いつの世にも人間社会を支配する愚かしさ、痴愚を仮借なく暴いて覚醒をうながすことにとどまらず、徹底した狂信の敵であるエラスムスは、時代を支配するあらゆる形での狂信とそこから発する暴力を激しく憎み、忌み嫌い、狂信と暴力を地上から排除し一掃しべきことを叫びつづけた人物であった。あくまで人間の理性に信を置き、狂信と暴力、力による支配に代えて、啓蒙が進んで知性が君臨することを夢見たエラスムスの主張は、彼の生きた当時においても、確かに非力であった。狂信に対する新たな狂信をもって応じる愚を衝き、ひたすらに宗教上の寛容を説くその態度や姿勢は、獅子吼しつつ鉄のこぶしをふるって宗教改革運動に猛進するルターや、カルヴァンの前にはあまりにも弱々しく無力であった。また彼は骨の髄からの反戦・平和主義者として、戦争という無益にして最大の暴力を激しく憎み、平和を呼びかけ、執拗に反戦の声を上げたが、それもまた領土的野心に燃える当時の君主たちの現実の力を前にしては無力であり、戦塵の中でかき消されてしまった。だからといって、このような人文主義者を根幹とするエラスミスムが発した声を、非力で非現実的だとして嘲笑し抹殺してはなるまい。なぜならそれは人類の理性の声、良心の声だからである。そういう声を無視し圧殺する力が大勢を占める時代は、不信と狂気そして不寛容が支配的となる時代である。われわれは謙虚にエラスムスの説くところに耳を傾けるべきではなかろうか。
 エラスムスの生きた時代は、確かに痴愚女神の支配する時代であったおう、だが二一世紀を迎えたわれわれの時代とて、どうして痴愚女神に無縁であり得ようか。衆愚の結果として権力を握った愚かな権力者や政治家、民衆の労苦をよそに利権をあさる利権屋集団と化した官僚、三百代言的無責任な言辞を弄して民衆を煽る言論家、権力者におもねる御用学者などをはじめとして、痴愚女神のおかげを蒙っている人間は、現代社会にもあまた見られるではないか。滑稽千万なことに、エラスムスの時代とさして変わらず、法王庁さえもどうやらいまだ痴愚女神の支配下にあるらしい。痴愚女神に踊らされている人間たちの愚かさを仮借なく暴き立て、これを笑いのめしたエラスムスの風刺は、彼の生きた時代だけに終わるものではない。それは時代を超えた普遍性をもつものであって、現代にも痴愚女神の口を借りて笑われねばならぬ人間があまたいる以上、エラスムスは読まれねばならない。
 それに加えて、不穏なことに、狂信と宗教的不寛容が世界に暗い影を投げかけている。世界平和を脅かしているイスラム原理主義やキリスト教原理主義が勢いを増し、異教徒異民族を抹殺するためなら、大量虐殺の兵器使用も辞さぬ姿勢を示す権力者がいるかと思えば、領土的野心をむき出しにして他国を恫喝する大国の指導者もおり、それに呼応しての、愛国主義に名を借りた新たなナショナリズムの狂気が頭をもたげつつあるのが昨今の状況である。エラスムス不倶戴天の敵である狂信と不寛容がまたしても世界を覆いつつあるこの世界で、狂信を排し、寛容を説き、非暴力を唱え、戦争の狂気を糾弾したエラスムスの存在は、改めて見直されてよいと思う。」

「エラスムスという人物は、学問に専心する人々の間ではもはや失われた人間像を体現していて、そのこと自体によって、われわれにある種の反省をもたらしているようにも思われる。先にも述べたよういに、エラスムスはその創造的活動が、芸術から自然科学、工学にまで広範囲に及んだレオナルド・ダ・ヴィンチのようなルネッサンス的「万能の人、普遍人(uomo universale)」ではなく、その膨大な著作活動が文学や人文科学に限られていたから、敢えて言えば「普遍的文人」とでも言うべき存在であった。とはいえ、その分野における多方面にわたる関心と実に広範囲に及び著作活動は、学問研究の細分化、専門化の進んだわれわれ現代人を驚倒させずにはおかないものがる。それはもはや現代では失われた、広く知を求める人間の姿を示している。
 スペインの思索家オルテガ・イ・ガセットが名著『大衆の反逆』(一九二九年)でその危険性を指摘していることだが、一九世紀以来ひとつの特定科学だけしか知らず、その科学のうちでも自分が研究しているごく小さな部分しか知らない人間が、世界の知的指導権を握ったという事実がある。このような知の細分化、学問研究の極度の専門化は人文科学においても今や支配的であり、「自分が専門的に研究している狭い領域以外のことにはまったく通じていないことを美徳だと公言し、総合的知識に関心を示すことをディレッタンティズムと呼ぶに至った」のが現代の知的状況であろう。
 汎く知を求めるエラスムスの態度・姿勢は、これとは対極に立つものである。エラスムス的な八宗兼学、博学無双の百科全書的知識の追求は、確かに現代の知的状況にはそぐわないものかもしれない。人文科学においても、そうである。だが極度bに知の細分化、専門化が進み、誰もが自分の狭い専門領域に閉じこもり、そこに跼蹐して、周囲のことも全体像も見えなくなるというのは、やはり危険なことではあるまいか。ことにも人文科学においてはそうである。それはオルテガ・イ・ガセットが指摘し、危惧した「専門主義の野蛮性」につながることになる。オルテガの言う「無教養な」専門家にならぬためにも、生涯をかけて遍く汎く知の世界を追求し逍遙したエラスムスの姿勢から、われわれの学ぶべきことはあると言えるだろう。
 いずれにせよ、エラスムスは今なおわれわれの前に立ち、語りかけているのである。」

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