晩秋の「リトル・フォレスト」へ #17
2017/11/11
「食・農・芸術・韓国を通して人を描く半農半ライター」
そう名乗り始めて、ちょうど2年が経った。私は今、3か月半ぶりに韓国・全羅北道長水郡の農園「백화골 푸른밥상ー100flowers farm」を訪れ、この記事を書いている。今回は10月22日(日)から3週間の滞在で、10か月間の世界旅行中というスロバキア人女性とフランス人男性の新婚カップルと一緒に、農作業を手伝う日々だった。
この農園の主、「農業をしたい妻」박정선(パク・ジョンソン)さんと、「旅に出たい夫」조계환(ジョ・ケファン)さん夫妻は、毎年冬になると2~3か月、海外へ長期の旅に出る。一昨日、無事に今年度の仕事を終えた2人は、来週からソウル、フィリピン、マレーシア、タイ、日本の対馬を旅し、2月に再び農園に帰ってくる予定だ。
先日、夕食後にリビングで開かれたカラオケ大会で、ジョンソンさんが1曲、韓国語でこんな歌を披露してくれた。이승기(イ・スンギ)の「여행가는 길(旅に行く道)」。春からの農作業を終え「さあ、今から旅に出るぞ」という浮き立つ心が、ジョンソンさんの背中から伝わってくるようだった。
私たちは明日12日(日)にお別れをし、それぞれ次の目的地へと旅に出る。
この3週間、朝晩はとことん冷えるものの、日中は太陽が雲に隠れさえしなければ暖かな日が続いていた。初めて零下3度まで気温が下がったのは10月30日(月)。朝、ジョンソンさんが「오늘 서리가 내렸어요(今日霜が降りました)」と教えてくれたので窓から外を眺めてみると、畑へと続く道がうっすらと白く色づいていた。霜のことを서리(ソリ)と表現する韓国語の響きが妙に気に入って、ソリ、ソリと何度も口ずさみながら、採りたて野菜の発送作業に取りかかった。
10月下旬から11月上旬にかけて農園で収穫していたのは、大根、ゴボウ、ショウガ、ヤーコン、ヤムビーン、サンチュ、キャベツ、白菜など。6月に私が植えたネギも、ちょうど収穫の時を迎えていた。「あの時の苗がこんなに大きくなったのか」と感動し、一瞬、苦手なネギが今日から食べられるような気がしたけれど、やっぱり無理だった。
大根は収穫するや否や葉を切り落とし、捨てたり茹でたり炒めたりするのではなく、春先まで軒下で乾燥させる。乾燥させた大根の葉を韓国では시래기(シレギ)と呼び、スープの具にしたりナムル(和えもの)を作ったりするのだ。これまで韓国で、知らず知らずのうちに何度も食べてきたはずの食材だけど、シレギってどんな味だったっけ…。
そう思っていた矢先、タイミング良くシレギを使った料理を食べる機会に恵まれた。先週の日曜日、キムジャン(1年分のキムチを漬ける冬の韓国恒例行事)の後に訪れた観光地・南原で、郷土料理のどじょう汁「추어탕(チュオタン)」を注文した時のことだ。
骨ごとすり潰したどじょうと味噌を煮込んだスープに、大根葉らしき野菜がたっぷりと使われていた。これがまさにシレギだった。젠피(ジェンピ)と呼ばれる、山椒に似た風味の辛いスパイスやコショウをかけると、まろやかでコクのあるスープがピリッと引きしまり、スッカラ(スプーン)を持つ手が止まらなくなった。
もしこのスープにシレギではなく、生の大根葉を使っていたならば、もう少し水っぽい仕上がりになっていたかもしれない。「野菜は乾燥させると保存性が高まるだけでなく風味が増す」と聞いたことがあるが、まさにその通りなのだろう。乾燥前の大根葉もみずみずしく、香り豊かで大好きだけれど、かみしめるたび大根葉の底力がにじみ出てくるシレギにも、すっかり魅せられてしまった。
この3週間、冬野菜の収穫・発送をしながら、来年用の種を採取したり、畑を片づける作業も続けてきた。オクラの種採りをしていると、ジョンソンさんが「この種でオクラコーヒーが作れるらしい」と教えてくれた。フランソワとラドゥカは、オクラを食べたことがないようだった。
そのほか、エゴマと紫蘇の種も採取。韓国では「ゴマよりも手がかからない」と言われるエゴマを育てている農家が多いようで、この秋、田んぼの脇にエゴマの葉がずらっと並んでいる光景をよく目にした。エゴマの葉は、サムギョプサル(豚の三枚肉)など、焼いた肉を包んで食べる時に欠かせない食材だ。
また、種を絞ると、ゴマ油より控えめな香りながらも、口当たりまろやかでほんのりと甘味を感じるエゴマ油がとれる。炒めたエホバク(韓国かぼちゃ)にエゴマ油とすりおろしたニンニクを混ぜただけ、というジョンソンさん手製の一品は、塩なしでも十分に素材の味を引き立てるエゴマ油の魅力を教えてくれた。
畑の片づけは毎日少しずつ行っていった。ナス、ショウガ、唐辛子などを収穫して枝を引き抜き、支柱を外していく。ナスは切ってから乾燥させて保存食に。小さすぎる唐辛子はピクルスにして保存。家族会員(顧客)に送る基準に満たない野菜は、冬の間の貴重な食料として農園の台所に蓄えられていった。
雑草予防などのため畝の上に被せていた黒いビニール(マルチ)や、畝と畝の間に敷き詰めていたシートをはがす作業は、なかなか骨の折れる仕事で、全身が泥だらけになった。ビニールは捨てざるを得ないが、シートは来年以降も大切に使われる。
先週末は連日、白菜の収穫が続いた。白菜は大きく、1ケースに5個ずつしか入らない。しかも重い。収穫後にケースを担いで坂道を上り、作業場まで持っていくことを何度も繰り返すうちに、息が切れぎれになってしまった。でもこうして少しずつ、農業に必要な体力が培われていくのだろう。
今回の農園滞在ではこれらの農作業だけでなく、料理をする機会や他の農家さんと交流する機会、夕食後に団らんやカードゲーム、映画鑑賞などをする機会が多く、毎日があっという間に過ぎていった。そして、共に過ごしたフランス人とスロバキア人の新婚カップルから、笑顔とユーモアと思いやり、そして「真の自立とは何か?」「成熟した大人の良き人間関係とは?」ということを身体で教えてもらう日々だった。
彼らと別れることが、数日前からもうすでに切ない。次なる旅へ向かう前に、フランス人のフランソワとスロバキア人のラドゥカから教わったことの数々をここに綴っていきたいと思う。
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