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《8》韓国の書店 「땡스북스(THANKS BOOKS)」訪問記

 2017年の春、韓国で農業体験取材をするため関西から飛んできた私は、地方へ旅立つ前に、ソウル・合井ハプチョンで韓国の友人と再会。その時、友人が「この近くにとっても有名な本屋さんがあるよ」と連れて行ってくれたのが땡스북스(THANKS BOOKS)だった。

ショーウィンドウの展示

 実はこのお店は、これまで何度か書いてきたパジュ市にある「私的な書店」の店主、チョン・ジヘさんが、編集者を辞めた後に書店員として勤めていたお店だそうだ(詳しくは翻訳エッセイ『私的な書店ーたったひとりのための本屋』を参照)。

    この日は合井の隣、望遠洞にある本屋「작업책방 씀(作業本屋スム)」でジヘさんとお会いしたということもあり、一軒ブックカフェに立ち寄った後、ジヘさんゆかりのTHANKS BOOKSを久々に訪ねてみた。

    黄色の看板が目印のこの本屋は、いつ行っても好奇心旺盛な若者たちが集っている印象で、日曜夕方の店内は今まで見た中で一番にぎわっていた。

店内中央には細長い木のテーブルが。ここに荷物を置いたり、少しの間本を読んだりできる

 新刊や書店イチ押しの書籍は、表紙がよく見えるよう平積みしてあるので、カバーのデザインを眺めて回るだけでも十分楽しめる。チョン・ジヘさんの新刊エッセイも平積み本の中に発見。

   ぐるっと回ってみると、やはりこの本屋はデザイン関連の書籍や雑誌(バックナンバーまで揃っている!)が多い印象なのだが、すぐ近くに美術大学として有名な弘益大学があることも影響しているのだろうか?

 最近、映画『お嬢さん』や『別れる決心』、ドラマ『シスターズ』などの脚本を手掛けたチョン・ソギョンさんの子育てに関するエッセイを読んでいたせいか、ある書棚の中にチョン・ソギョンさんのシナリオがいくつも並んでいるのを見つけ、「おお!」と声が漏れてしまった。他の書店では見つけられなかったシナリオ。こういう偶然の出会いがあるから、本屋めぐりは楽しい。

入って右側に位置するアート関連書の書棚。右側半分に絵本やコミックエッセイなども並んでいた

 書店を訪れた数日後、注文していた書籍が日本から届いた。その中の1冊、クオンから出版された『韓国の「街の本屋」の生存探求』(ハン・ミファ著、渡辺麻土香訳、石橋毅史解説)によると、このTHANKS BOOKSは2011年3月、弘大にオープンし、18年5月に現在の場所へ移転。代表のイ・ギソプさんはデザイナーだそうだ(だからデザイン関連の本が多いのかも!)。

 この本を読むと2000年以降、特に2011年~2020年頃の韓国における「街の本屋」の状況がとてもよくわかるし、その中でTHANKS BOOKSが果たしてきた役割についても詳しく知ることができる。

 「サンクスブックス」の存在意義は、近年の街の本屋ブームの出発点であることにとどまらない。街の本屋同士の競争が激化するなかで、本屋が進むべき方向を無言のうちに示してくれた店でもある。

『韓国の「街の本屋」の生存探求』より
出版評論家のハン・ミファさんが韓国各地の「街の本屋」を訪ね、その実情を報告したノンフィクション

 2011年にこの本屋が誕生して以来、韓国では個性的な「街の本屋」が次々誕生し、本屋巡りが定着するようになっていった一方で、店主たちはさまざまな問題を抱えるようになったのだろう。店内には「〝街の本屋の利用法〟キャンペーン」と題して、NG行為などについてまとめられた小さなポスターがあった。

 「著者の著作権保護のため図書の撮影は控えること」。「すべての図書は販売用なので大切に扱うこと」。「飲み物は本の上に置くべからず」。「大きなカバンはテーブルの上に置くこと」。今後本屋巡りをする際に、私もこれらを守っていきたい。

左から、飲みかけの飲料を保管する箱。火・木曜に開催されているブックトークのお知らせ。「〝街の本屋の利用法〟キャンペーン」のポスター。ポスター前にあるのは書店のハンコ

   
    この日私が購入した本は、外国人に韓国語を教えているという先生が書いたエッセイだった。私は教えてもらう方の立場だったので、先生たちってどんなことを考えながら韓国語を教えていたのかなと、ふと気になったのだ。

   その本の出版元は、「私的な書店」のチョン・ジヘさんのエッセイも手掛けた도서출판 유유(ユーユー出版社)。昨年のソウル国際図書展の時もそうだったのだが、いま本屋巡りをしていて「おもしろそうだな」と手に取る本はユーユー出版社のものが多い。元はひとり出版社としてスタートしたというこの会社の物語を今後少しずつ追っていきたい。

購入した本に店のハンコを押させてもらった。レジ横にあるハンコは、店内中央(細長い木のテーブル)のハンコとデザインが異なるそう

    また、今回この本屋に行って初めて知ったことがいろいろあった。ドラマ『孤独のグルメ』で主人公を演じていた松重豊さんがエッセイを出版されていた、ということ。原田ひ香さんという作家が『古本食堂』という小説を書いていたこと。

   そして、『나무(木)』という本が目立つ場所に置かれていたおかげで、2023年に役所広司さんがカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞した作品『PERFECT DAYS』(ヴィム・ヴェンダース監督)の中に、幸田文のエッセイ『木』が登場すると知り、早速寝る前にNetflixで鑑賞してみたりもした。

    ネットの検索や、SNSのアルゴリズム任せでは知り得なかった発見がいっぱいあって、これこそがまさに本屋へ行く喜びじゃないかと、しみじみ感じた日曜日だった。

    18時を過ぎても、次から次へと人が集まっていたTHANKS BOOKS。変わりゆくものが多すぎるこの街で、これからも文化の発信基地としてここにあり続けて欲しいと願いながら、店を後にした。

【ソウル・合井】
땡스북스(THANKS BOOKS)

서울특별시 마포구 양화로6길 57-6 (서교동)
+82 02-325-0321
12時 ~21時
旧正月・秋夕の連休は休み


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