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《7》韓国の独立系書店「작업책방 씀(作業本屋スム)」訪問記

 少し寒さが和らいだ日曜の午後、またもやソウル・望遠洞へ向かった。このnote マガジン「韓国の本屋をめぐる旅」で一番最初に訪れた「사적인 서점(私的な書店)」の店主であり、エッセイ『私的な書店ーたったひとりのための本屋』を書かれたチョン・ジヘさんが、望遠洞のある書店で新刊のサイン会を開くと知ったからだ。

 10日ほど前に望遠洞を訪れた時は平日だったからか人も少なかったのだが、今回は地下鉄6号線の望遠駅を出ると、望遠市場へと向かう人の列ができていて驚いた。人の波から外れて小道を少し歩くと、あった。書店の名は「작업책방 씀(作業本屋スム)」。ガラス張りの向こうに、ジヘさんらしき女性の横顔が見えた。

 この書店では毎月、作家が毎日読み書きしている空間を再現する「作家の机展」という展示を行っているそうなのだが、今月は最新エッセイ『꼭 맞는 책 : 한 사람을 위한 책을 고르는 책처방사의 독서법(ぴったりの本:たったひとりのための本を選ぶ本の処方士の読書法)』が出版されたばかりの、ジヘさんの机が再現されていた。

2025年2月に出版されたジヘさんの最新エッセイ
ジヘさんの仕事場を再現した「作家の机展」は2月28日(金)まで(追記:3月2日(日)までに変更)

 ジヘさんは本の編集者を経て書店員となり、2016年にソウル・弘大で「私的な書店」をオープン(シーズン1)。その後、韓国の大型書店「教保文庫」蚕室チャムシル店の中で「私的な書店」を運営(シーズン2)したのち、ソウル・麻浦区城山洞で書店を再開(シーズン3)。2024年7月からは出版都市として知られるパジュ市に店を構えている(シーズン4)。

 そんなジヘさんは、ひとりに合わせた本を選んで届ける「本の処方士」として働く傍ら、今までに3冊エッセイも出版。昨年日本で翻訳出版された1冊目のエッセイ『私的な書店ーたったひとりのための本屋』(原田里美さん訳)には、「好きな仕事を私らしく、楽しみながら、持続可能な方法で続けていくため」に試行錯誤し、模索していく様子が正直に、柔らかく、でも論理的な文章でつづられていた。

 私はその本を読んでジヘさんの生き方に共感するとともに、たくさんの勇気をいただき、それがきっかけで「韓国の本屋をめぐる旅」を始めることになったので、この機会にひとことお礼や感想を伝えたかったのだ。

机の上にはジヘさんが本の処方時に使っている問診票もあり、「自分にぴったり合う本とは何でしょう?机の上にある読書問診票を記入し、お持ち帰りください」というメッセージが。昨年日本で翻訳出版されたエッセイも飾られていた

 私が店内を見学し始めた時、ジヘさんは、つい最近「私的な書店」の本の処方を予約したばかりという女性と会話中だった。興奮気味に自分の話を続ける女性に対し、ジヘさんはにこやかに、スピーディーに、的確に言葉を返し、さりげなくお薦めの本まで紹介。その様子はまるで人生相談所のようで、本の処方士という仕事の奥深さが垣間見えた気がした。

 以前、韓国小説『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』を読んで書いたエッセイの中で、「本について語らうことは、つまり、自分という人間について語らうことでもある」と記したことがあったのだが、まさに。ジヘさんの前に座り、本の話を始めると自然に、これまでどう生きてきたか、これからどうしていきたいかの話になり、気づけばジヘさんに慰められ、涙し、最後には笑いながらこれからの夢を語っている自分がいた。

 夢に向かって進む過程で立ち止まったり、休んだり、方向転換せざるを得ない時に、それを「失敗」や「挫折」と思うのか、「次に向かうためのひとつのシーズンが終わった」と考えるのか? ジヘさんも私も後者の人間だ。互いのこれまでの人生を讃え合い、近いうちに本の処方を受けることを約束し、最新刊と日本語翻訳本にサインをしていただいた。

右が東京の出版社・葉々社から翻訳出版された1冊目のエッセイ。ジヘさんの2冊目のエッセイ『好きという気持ちが私たちを救う』も葉々社から刊行予定だそう

 今回展示が行われた書店「작업책방 씀(作業本屋スム)」は、ジヘさんの友人である2人の作家さんが2020年にオープン。店の3分の1ほどの空間を作業部屋とし、そこでエッセイや小説を執筆しながら本屋を運営しているという。毎月の「作家の机展」の他、ブックトークや書くことに関するワークショップなども開かれているようだ。

ジヘさんとの会話が行われたテーブルの後ろに、店主であるユン・ヘウン(윤혜은)さん、イ・ミファ(이미화)さんの推薦本がたくさん並んでいた

 この日はジヘさんと長くお話ししてしまい、背中の後ろにあった推薦図書が並ぶ書棚をじっくり見たり、店主のお二人とお話しすることはできなかったのだが、帰宅して書棚の写真を眺めていたら、どこかで見たことのある本の名が…。映画による人生処方箋『엔딩까지 천천히(最後までゆっくりと)』の著者、イ・ミファさんが店主のおひとりだったとは!

 私がミファさんのことを知ったのは、よく聞いているポッドキャスト「K-BOOKらじお」の中で、この書店で収録したという回が配信された時のことだ。その時にミファさんも出演されていて、「ああ、いつかこの書店に行ってみたいなあ」とチェックしていたわけなのに、帰宅してからそれを思い出したという…!!確かミファさんは、東京神保町にある書店「チェッコリ」で来日トークも行っていたはず。

    近いうちにまた必ず書店を訪れ、店主お二人の著書を購入し、お話も少し伺ってみたい。

この棚の向こうが作業部屋になっている。書棚には店主のお二人の著書も並んでいた
望遠駅から歩いて3分


▲ポッドキャスト「K-BOOKらじお」のイ・ミファさん出演回

【ソウル・望遠洞】
작업책방 씀(作業本屋スム/Book and Work Sseum)

서울특별시 마포구 월드컵로13길 19-17 (망원동, 하나빌) 1층 101호
+82 010-9471-6818
12時~19時
月・火曜休み


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