マガジンのカバー画像

#小説 記事まとめ

522
note内に投稿された小説をまとめていきます。
運営しているクリエイター

2021年6月の記事一覧

【試し読み】非力な少年二人がもがいた先に幸せはあるのか?――小野美由紀『路地裏のウォンビン』

“女性が性交後に男性を食べないと妊娠できない世界になったら?”を描いたSF小説『ピュア』で注目された小野美由紀が、U-NEXTオリジナル書籍として書き下ろした少年たちの物語『路地裏のウォンビン』。全232ページのうち、24ページの試し読みを公開します。アジアの架空の都市を舞台に繰り広げられる少年二人の愛と青春の群像劇を、ぜひお楽しみください。 ■著者紹介小野美由紀(おの・みゆき)  1985年東京生まれ。慶應義塾大学フランス文学専攻卒。2015年にエッセイ集『傷口から人生。

終の棲家(ショートショート)

ここへ来るのは何年ぶりだろうか。 北陸のある港町。私はここで生まれ、育った。 だがこの町に住んでいた両親が他界した後は、ここを思い出すこともなかった。数年前にあのネットニュースの記事を見るまでは。 『 最後の住民がお引越し。人口ゼロの町に 』 ニュースによると、町に最後まで残っていたある高齢者が施設に移ることになり、そこに住む人がとうとうゼロになったという。古い建物はそのままにし移住者を募集するらしい。 「移住者募集か。しかし何もないあの町では…  残念ながら今後は

潮騒の寝息

渚の家に住む白濁の瞳の青年は、潮騒の響と共に眠りつく。 青年の傍らにはいつも大きな犬がいた。名はアオメ。青い目と書いてアオメと読む。アオメは嘗ての主人にこう言われた。「アオメ、貴女が目になるのよ」意味ではない、その言葉の響きが、アオメを青年の生涯の友であることを運命づけた。 アオメは青年の掌が好きだった。骨張って、細長く、それでいて柔らかい肌がアオメの首根を包み込む度にアオメは言葉を無くすのだ。自身の温もりが主人の掌を温めるように、主人の冷たい掌が、アオメの沸き立つ不安を

【全文無料】掌編小説『タカハシさん』舞神光泰

今月で1st Anniversaryを迎えた文芸誌「Sugomori」。6月の特集として、季節の掌編小説をお届けします。今月のテーマは『一周年』。書き手は舞神光泰さんです。 『タカハシさん』 「タカハシさん、一周年おめでとうございます!」  突如として後方から声があがった。振り向くと5人のおじさんが俺を取り囲むように拍手を送ってくる。場所と時間が違えば相手にせず逃げるとこだが、今は終電間際でここは駅のホームだ。たちの悪い酔っぱらいかと思ったが、酒の臭いはせず。よく見ると

¥200

短編小説 『りんごの殺意』

 思えば、物心ついた時から私はりんごが怖かった。自分でもなぜだか分からない。けれどスーパーの棚で、家の台所で、暗がりに置かれた平たい箱の中、そのありふれた果物を見るにつけ、私は得体の知れない恐怖を感じた。まるでそこに死神を見つけたような、不吉な死の予感に似たものを。  それは物語のせいかもしれないと、結論づけたこともある。それは例えば、白雪姫だ。差し出された毒りんごをかじり、死んでしまうお姫様。あの絵本の挿絵にあった毒々しいりんごの色が、幼かった私の脳裏に焼き付き、その後も

近未来fall in love

今日はいるのかな。いないのかな。 マイクロチップを埋め込んだ手首を扉の横にある読み取り機にかざす。瞬時に体温やIDを読み取って、何処かと交信した扉が反応し、ピという音とともに解錠した。 おそるおそる教室を覗く。 今日のメンバーは10人だと通知が来ていた。リストに彼女のハンドルネームがあったのはチェック済みだ。しかしながら当日の健康チェック次第で、スクーリングは許されないことがあるから、いないかも。 彼女は、いた。 印象的なショートカットの小さな頭、すっと伸びた背筋。窓際

大人になれない僕たちは 第1話 冷めないコーヒーはない

「おいおい、ケガしたんだって」  番組収録で滑って転んだ芸人が骨折し、現場は、早朝からその対応でバタついていた。全く、スベるのはネタだけでにしろよと、おどけてみたが、周りは笑う気力さえ失っているようだった。 「頼むよ、純平。ここはお前の力で」  スポンサーの根回しと上司の機嫌とり、いつしかそれが自分の得意分野に指定されていた。 「お前みたいな性格になりたかったよ」  要領がいいやつ、太鼓持ち、周りの評価は今のところきっとこんなもんだ。好きでそうしているわけではない。明

短編小説:星とおにぎり

上記の続編を書きました。よろしければ。 ☞1 今29歳の僕が、自分のこれまでの人生の中で一度も、女の人と付き合った事がない、だから女の人と一度もセックスをした事が無いという話をすると、大抵の人は 「そうなの?へぇ全然そんな風には見えないけどね」 そんな風に言う。じゃあさ、誰かいいと思ってる子とかいないの?そうも言う、誰か紹介しようかとも。でも僕はそういう事を特に望んでいないので僕が相手への返事の代わりに 「でも小学校1年生から小学生4年生の3年間、実の父親に定期的に

物語食卓の風景・3人の行方①

 その夜、真友子は靴箱から押し入れまで、家じゅうをひっくり返してようやく昔のテニスシューズを見つけ出した。ラケットは、さすがにガットが緩みまくって使い物になりそうにない。テニスウエアは、見つけたシューズと同じ収納ボックスに入っていたが、迷った末持って行かないことにした。運動自体、散歩ぐらいしかしなくなっていて体力が落ちているのは間違いないのに、やる気満々、みたいな態度でサークルに行くのはどうか。もし、誰かから「ぜひやりましょう」とでも言われない限り、ベンチで見学しているのがい

ワイルドサイドを歩け

高校の時の担任が亡くなった。 卒業してから10年。随分と良くしてくれた先生だったので、その時の仲間3人ほどに声をかけて通夜に行くことにした。 そいつらと会うもの6、7年振りぐらいだろうか。 雨が強く、駅から10分ほど歩く葬儀場に行くにもスーツが濡れる。参列者は当時の生徒や現役の生徒でかなりの人数だ。男子校なのでほぼ男。 雨の湿気た匂い、思春期特有の匂い、そして少し年を重ねた僕らから匂い立つもので息が詰まる。人数が多いので焼香だけして引き上げる。 4人で駅まで向かう。雨が傘を