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#小説 記事まとめ

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2021年1月の記事一覧

ショートショート「古賀とホチキス」

大学に入学し、早3ヶ月が過ぎた。 人見知りのぼくにもようやく友達が出来た。 同じ学科で何度か授業や食堂で顔を合わせるうちに 少しずつ喋るようになり、読書が趣味だということがわかってからはかなり距離が近づいた。 学校が終わったら古本屋や本屋に行ったり、 ファミレスで今まで読んできた本のことをお互い話す時間は楽しかった。 ただ一つ、彼はかなりのずぼらであった。 古賀満はなんでもホチキスで止めるホチラーであった。ホチラーというのは彼が作った造語であり、何でもかんでもホチキスで止める

[掌編小説]踏みしめて変身せよ

 今日、仕事を失った。  どうにもならない世界の動きに苛立ったところで、私の仕事が戻るわけじゃない。とにかく、失ったものは失ったのだ。  心のどこかで覚悟はしていた。でも、それはこの先の「いつか」のことで、今日じゃなかった。それに、もしかするとただの悪い予感で終わるかもしれないと、たかをくくってもいた。  長く勤めたデザイン事務所の主な仕事は、観光業に関するものが多かった。残業続きが定時になり、自宅待機になって、自分で自由に仕事をしていいと言われ、久しぶりに出社するなり「解散

推しのいる生活

今日、第164回芥川賞・直木賞の選考会が行われた。数年前まではある文芸メディアの予想座談会に参加するため、候補作の発表から掲載誌を探し回り、全部読む……なんてこともあったが、最近ではなんとなく候補作と受賞作を把握するに留まっていた。 しかしながら、今回の芥川賞の候補作の中には強く惹かれる作品があり、かなり久々にハードカバーを買うまでに至った。それが宇佐見りん『推し、燃ゆ』だった。 『推し、燃ゆ』はそのタイトルが表すように、主人公、“あかり”の推し“真幸”が炎上するところか

ホットなカフェオレひとつください。

「ねえねえ、カフェオレとカフェラテの違いって知ってる?」 私は得意げに向かいの彼に話しかける。いつもの喫茶店。日曜日の午後2時。私の前には馴染みのマスターが入れてくれた熱々のカフェオレが暖かい店内でもくっきりと湯気を立てている。私の問いに対して向かいに座る彼は手元のハードカバーから目も上げずに言葉を返してきた。 「知ってる」 「あのね、カフェオレがフランス語で、カフェラテがイタリア語なんだって」 彼はハードカバーの陰からちらりと目線だけをこちらに寄越してくる。 「……

かるいはおもい、おもいはかるい 前編

「コンビニのバイトを3日でクビになっちゃって、もう自分は誰かに雇われて働くのは無理だと思ったんです。」 教えて欲しい。どうやったらコンビニのバイトを3日でクビになれるのか。 私だったら。そう、3日で「社員にならないか」と誘われるんじゃないかと思う。 香苗は首から下げたIDカードでオフィスのコピー機のロックを解除すると、そう話した昔の友人を不意に思い出していた。一見バイトをクビになるようには見えない、黒いタートルネックを着こなす物静かな男だった。 そうだ、奴が本を出した、

あなたの「好き」を見つけたくなる本|三浦しをん『マナーはいらない 小説の書きかた講座』|monokaki編集部

こんにちは、「monokaki」編集部の碇本です。 2021年の新連載第一弾は今回から始まる「小説の書き方本を読んでみる」です。 小説を書く時に、ウェブにある「小説の書き方」なんかの記事やまとめを皆さん読んだことありませんか? 同様に今までたくさん出版されている「小説の書き方」本を読んだことはありませんか? 小説を書く参考にするためになにか読んでみたいと思っても、たくさんあってどれを読んでいいのかわからないという人もいるはずです。「編集部」で皆さんの代わりに読んでみて、そ

短編小説 「密度の高いものから沈んでいく」

タワーマンションの窓からは、うんざりするほどたっぷりと都会の街が一望できる。ビル群の中央にはクリスマスカラーの光を灯すシンボル・タワーがそびえ立っていた。見れば見るほど、おもちゃの街みたいな眺めだ。 「まるでトロフィーみたい」 結婚してここに住み始めた頃、ビル群を目にした妻がうっとりと言った。倫也はそれをまるで昨日のことのように覚えている。ひとまわり年下の妻の言葉に、彼はたいへん誇らしい気持ちになった。あれから一年が経とうとしている。 「出張、傘を忘れないでね」 声の

短編小説:おおぐま座のしっぽに向かって進め

☞1 俺が小学校3年生から高校3年生まで育った母の生まれ故郷は、豪雪地帯と呼び名の高い北陸の田舎の山奥で、11月の末頃から暦の如く大寒と呼ばれる1年で一番寒い季節を最盛期にそれこそうんざりする程雪が降った。 小学生の背丈ならそのまま雪の中に埋もれてしまう量の雪が通学路を塞ぎ、凍結した路面は大人の足なら直ぐそこにある筈の小学校までの道のりを果てしなく遠く険しいものにした。 「あっちゃん、雪すげえな」 「けいちゃん、縦一列になって歩くがや、横一列やと2人とも雪まみれや」

妄想日記「全部、鍋の中」その1

葉加瀬理子 16歳 高校生 人は大体、眠った瞬間を覚えていない。だから、夢を見ていても途中まで夢だと気づかないことがある。今夜のように、夢の始まりが現実味を帯びているときは絶対に分からない。きっと、魂が私の身体にばれないようにそおっと夢への扉を開けたんだ。 そこは、慣れ親しんだ我が家のリビング。明るくて、長持ちするLEDライトがサンサンとダイニングテーブルを照らしている。ただ、いつもと違うのはテーブルの上にぐつぐつと鍋が煮えているのに母親の姿が見当たらないことだ。今にも溢

鬼の子

 息子の頭を何気なく撫でていると、何か突起があるのに気づいた。どこかにぶつけてできたコブだろうか。しかし、触れていても痛がる素振りは見せない。それに、コブにしては先端が尖っているように思われた。ぼくは息子の髪の毛をそっとかき分け、その突起を見てみることにした。それはツノだった。それほど大きくはなく、ほんの先が露出しているだけではあったが、間違いなくツノである。牛や、鹿が頭に持つあれである。いや、最も近い喩えは、鬼、ではあるまいか。頭頂部に顔を覗かせたそれは、まさに鬼のそれその