鬼の子
息子の頭を何気なく撫でていると、何か突起があるのに気づいた。どこかにぶつけてできたコブだろうか。しかし、触れていても痛がる素振りは見せない。それに、コブにしては先端が尖っているように思われた。ぼくは息子の髪の毛をそっとかき分け、その突起を見てみることにした。それはツノだった。それほど大きくはなく、ほんの先が露出しているだけではあったが、間違いなくツノである。牛や、鹿が頭に持つあれである。いや、最も近い喩えは、鬼、ではあるまいか。頭頂部に顔を覗かせたそれは、まさに鬼のそれそのものだった。
「どうしたの?」と、息子がぼくを見上げて尋ねた。ぼくはおそらく狼狽していたのだろう。そして、息子はその気配を感じ取ったのに違いない。
「いや」と、ぼくは大袈裟に首を横に振った。「何でもない。何でもないんだ」
その事実を息子に告げるべきか躊躇した。自分の頭にツノのある事を知って、息子はどう思うだろう。鬼のようなツノがあるのだ。あまり気持ちの良いものではあるまい。しかしながら、気づいていてそれを告げないのもまたどうなのだろう。それを息子が自分で気づいたとき、気づいていたにもかかわらずにそれを告げなかったことを責められやしないだろうか。
「どうして教えてくれなかったの?」と、息子。
「いや、まあ、そんなに気にすることじゃあないだろう?」
「それならどうして、教えてくれなかったの?ぼくにツノがあることを」
「ねえ、どうしたの?」という息子の声で我に返り、自分が不安な妄想に捉われていたことに気づいた。「大丈夫?」
「ああ」と、ぼくはどうにか混乱した自分を取り繕おうとした。「大丈夫。なんの問題も無い」
言葉とは裏腹に、問題がある。果たして、どうして息子の頭にツノなどあるのだろうか?ぼくの家系に鬼はいない。妻にしてもそうだろうと思う。まさか、と、ぼくは妻の不義を一瞬疑い、息子の顔を見た。それはぼくと瓜二つである。誰がどう見てもぼくの息子だろう。むしろ、それは遺伝子の驚異の証拠であり、そもそも妻の不義なんて鬼の存在以上にあり得ない。そう、鬼などいないのだ。それは架空の生物であり、存在しない。存在しない存在と不義密通することなどできはしまい。
それならば、もしかしたらこれはなにかの病気なのだろうか。皮膚の病気でそこだけ硬くなっている?あるいは、骨が尖り、肌を破って露出したのか?医療に関する知識を持たないぼくには皆目わからない。もう一度、息子の髪の毛をかき分け、ツノを見てみたいような気もしたが、見たくないような気もしたし、それにもう一度見ようとすれば息子は不審に思うことだろう。それはできれば避けたかった。
「ツノのこと?」と言われ、ぼくの心臓は止まりそうになった。動揺し、しどろもどろになった。息子は微笑みながらぼくを見ている。「そうでしょ?」
「ああ」と、ぼくはどうにか答えた。「知っていたのか?」
「自分の頭だもん」と、息子は言い、自分のツノの先を触った。「そりゃ、知ってるよ」
「痛かったりはしない?」
「全然」息子は肩をすくめる。
「かゆくも?」
「もちろん」また息子は肩をすくめる。
「どんな気がするの?」
「なにが?」
「ツノがあるのは」と、ぼくは尋ねた。息子の様子が、それを尋ねてもいいような気にさせたのだ。「どんな感じ?」
「どんな感じって」と、息子は腕組みをした。「ツノがあるって感じ。それだけだよ」
「イヤじゃない?」
「なんで?」
確かに、なんでだろう?それならそれでいいのかもしれない。そんな気がした。
「ツノが無いのは、どんな感じ?」と、息子はぼくに尋ねた。ぼくはなにも答えられなかった。
将来、彼が成長し、立派な鬼になったとして、それがなんだろう。それならそれでいいのかもしれない。別に、何も変わりはしないのだろう。
No.407
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