妄想日記「全部、鍋の中」その1
葉加瀬理子 16歳 高校生
人は大体、眠った瞬間を覚えていない。だから、夢を見ていても途中まで夢だと気づかないことがある。今夜のように、夢の始まりが現実味を帯びているときは絶対に分からない。きっと、魂が私の身体にばれないようにそおっと夢への扉を開けたんだ。
そこは、慣れ親しんだ我が家のリビング。明るくて、長持ちするLEDライトがサンサンとダイニングテーブルを照らしている。ただ、いつもと違うのはテーブルの上にぐつぐつと鍋が煮えているのに母親の姿が見当たらないことだ。今にも溢れそうな鍋に私は慌てて駆け寄った。そして、火を弱火にしてからきょろきょろと辺りを見回す。やっぱり、お母さんもお父さんも同居しているばあちゃんもいない。ここで、私は急にへそのあたりから不安が駆け上がってくるのを感じた。壁に掛けた、正確なことだけが取り柄の電波時計は電池切れなのか何も表示されていない。「役立たずやな」と、不安を掻き消すために声を出してみる。とにかく、みんなはここにいいないようだ。時間は分からないが、きっとじきにお腹を空かせて帰ってくるだろう。私は、鍋を見下ろしてから自分を勇気づけるように頷いて蓋を持ち上げた。
すると、そこには私の数学のテスト用紙がぷかぷかと浮いていた。それは、彼氏と電話のし過ぎで勉強が思う様にできず、前代未聞の15点をたたき出した忌々しい紙だった。そのテスト用紙からは、じんわりと赤ペンの塗料がにじみ出ている。出汁にするには、美味しくなさそうだ。私は、長い菜箸でテスト用紙をつまみ取り皿に移した。すると、いつの間にか机の上に野菜が乗った大皿が置いてある。私は、はっとして辺りを見回すも誰もいない。普通は、ここらへんで「おかしいぞ」と不審に思うものだけれど、私は冷静だった。そして、「ああ、夢を見ているんだ」とひとり納得してから、「まあ、悪夢ではなさそうだから夢に付き合ってやるか」と腹をくくった。再び野菜の乗った大皿に視線を戻すと、そこにはニンジン、トマト、ブロッコリー、セロリが乗っている。すべて、私の嫌いな野菜たちだ。私は、一瞬迷ってからえいっと鍋に野菜をすべて入れた。なんてったっって、夢なのだ。本当に食べる必要はないから大丈夫。さあ、次は何が出るのかな、と段々強気な気持ちになってきて再び机を見るとそこには、一枚の手紙が置いてあった。おジャ魔女どれみのキラキラしたシールで封をされたピンクの便せんには「りこちゃんへ」とたどたどしい文字が書かれている。どこかで、見覚えのある文字だった。私は、封を切って中身を取り出した。二つ折りにされた一枚の紙にはこう書いてあった。
「りこちゃん、うそをついてごめんなさい。ほんとうは、しーるはいちまいしかなかったのに、りこちゃんとあそびたくて、たくさんしーるをもっていると、うそをつきました。もう、うそはつきません。だから、また、ともだちにしてほしいです。また、あそんでほしいです。 もも より」
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