【13〜18巻】『進撃の巨人』で描かれた多種多様な「自由」を紐解く④
本章のキーワードは「役者」です。
エレンが座標の力を宿していることが判明し、王政府はエレンとヒストリアを狙うようになります。ここから調査兵団は対立する王政の人間を殺さなければならないという新たな通過儀礼を受けることになります。
そんな状況でも圧倒的な戦果を上げたのがリヴァイです。巨人であろうと人間であろうと目的のためなら容赦なく殺すプロフェッショナル・リヴァイの仕事の流儀とは「役者に徹する」というもの。
この残酷な世界で生き抜くためには、理不尽な状況下で決断し実行する精神力の強さが必要です。リヴァイは「敵対する人間を皆殺しにする異常者の役を買って出てもいい」と語るほど覚悟が決まっています。だから強いのです。
リヴァイはなぜそこまで肝が据わっているのか? それはリヴァイが「自分が無知だから」と理解しているからです。
自由を求める精神を放棄した人たちに囲まれている現状をリヴァイはクソだと言います。リヴァイは壁の外に出ることでようやくそれに気づけました。そしてこの残酷な世界の現状を誰よりも理解しているからこそ非情な決断が下せるのです。
その一方で他のメンバーはなかなか役者になりきれません。
壁の秘密を知る中央憲兵を捕らえたリヴァイとハンジは拷問を試みます。
顔を殴り、爪を剥がし、人を騙し…レイス家が本当の王家であると情報を得ることができましたが、ハンジは浮かない表情を浮かべていました。おそらくリヴァイとは違って良心の呵責に苛まれていたのでしょう。ハンジは役者になりきることができませんでした。
中央憲兵のサネスはハンジに語ります。
「こういう役には多分 順番がある」と。
サネスもまた、王のために多くの罪を重ね民を騙す中央憲兵の役を演じていた一人でした。そして時代が変われば牢屋の中。その役が次はハンジであると警告したのです。こうしてハンジは罪の呪いを背負うことになったのでした。
次はみなさんお待ちかねのヒストリアです。
ユミルを失ったヒストリアは自分が何者なのか、何がしたいのかが分からなくなってしまいました。ヒストリアは、クリスタは与えられた役でそのモデルは絵本の女の子だったと同期たちに語ります。
この絵本の少女は後に始祖ユミルであったことがわかります。なんという運命。(始祖ユミルの半生をモデルにしたおとぎ話でその主人公の名前がクリスタだった?)
この絵本を読み聞かせしていたフリーダはこの少女を「いつも他の人を思いやっている優しい子」「みんなから愛される人」とし、それが「女の子らしさ」だとヒストリアに教えました。みんなに優しくて愛されることが女性としての規範であるということです。ある種自己犠牲的な。
人生の意味を見失っていたヒストリアは中央憲兵に拉致され、実の父親ロッド・レイスと再会します。ロッドはヒストリアを抱きしめ謝罪しました。そしてヒストリアはレイス家の役割とあの日起こった悲劇を知ることになるのでした。
フリーダを含むレイス一家はエレンの父グリシャに殺され、始祖の巨人の力は今エレンの中にあるというのです。ロッドは、今ならフリーダを取り返せると巧みにヒストリアを誘導します。
ロッドに唆されたヒストリアはエレンから始祖の巨人を取り返し、始祖の力で巨人を駆逐することを望むようになります。これは自分にしかできない役なのだと。父は正しくて、父の言う通りにして愛されることで心の満足が得られるのだと、結論ありきで。(自己肯定感が低い人ってこういうのに引っかりやすい…?)
しかしエレンは抵抗しませんでした。ロッドの嘘と記憶の扉が開いたことで、父の罪、自分のせいで失われた命の責任を受け止めることができなかったのです。自分は特別な役ではなかった、自分が始祖を持っているせいで人類は救われないのだと。
そんなエレンを見てヒストリアは自分の幼少期を思い出します。「お前を殺す勇気が私にあれば」「お前さえ産まなければ」と母親に言われたあの思い出を。
さらに蘇ったのがフリーダとの思い出でした。突然人が変わったように「私達は罪人だ」と自らを卑下し落ち込む姿を。
レイス家が全ての巨人を支配する力を持っておきながら人類を壁の中に閉じ込めたままにしていたことを、ロッドは「世界の記憶を見た者にしか分からない」としか説明できませんでした。
父の望んだ通りに生きるのか、本当のありのままの自分を見つけるのか、ヒストリアの中で答えは出ていたはずです。あとは自分の心に従う勇気を持つのみ…。
「お前…胸張って生きろよ」
最後に背中を押したのはユミルの願いでした。
ヒストリアは自己犠牲の精神から脱却し、自らの心の叫びに従うことができたのです。
ヒストリアは自らの良心に従いエレンを救います。自分は最低最悪の超悪い子で人類の敵だけど、エレンの味方であると。自分なんかいらないなんて言って泣いてる人がいたら助けに行くのだと。かつて自分を助けてくれた二人を思い浮かべながら。愛されるためではなく、自分がそうしたいから。
自暴自棄になったロッドは超超大型巨人へと巨人化しオルブド区へ進撃を開始します。ヒストリアは自らの手で運命に決着をつけるべく、迎撃作戦へと参加することを決めました。「私が始めた親子喧嘩なんです」と。
エルヴィン考案の作戦が功を奏し、ヒストリアはその刃でうなじを捉えることに成功します。その瞬間ロッドの記憶がヒストリアへと流れ込んできました。かつてはロッドも人類の解放を望んでいたものの、初代壁の王の思想に支配された父と弟、娘の姿を見て残酷な運命に抗うのを放棄してしまったことをヒストリアは知りました。そのとき彼女は、ロッドやフリーダたちが成し遂げられなかった真の王としての役を自分が引き受けるのだと自ら選んだのです。
旧世代の象徴である自分の父親を殺し新たな時代の王となる「父親殺し」の神話をヒストリアは成し遂げたのでした。
自分の役を自ら選び取る者もいれば、その役を降りる者もいます。
ケニー・アッカーマンには夢がありました。この残酷な世界に意味なんてないのだから、せめて面白いことを夢見ようと部下に問いかけます。
若き日のケニーは強さだけが自分の支えでした。そんなケニーが始祖の力を持つウーリ・レイスと出会い、完全に敗北します。心の支えを失ったケニーでしたが、ウーリがアッカーマン一族への迫害を許してほしいと頭を地に伏せたことで心が大きく揺らぎます。こうして彼らは友人へとなったのでした。
しかしウーリはユミルの呪いで寿命を迎え、始祖の力は彼の姪フリーダに受け継がれました。ケニーは自分が始祖の力を継げばウーリと同じ景色を見られるかもしれないと思うようになります。自分が一番強いという自負が否定され、その張本人がこの世を去ったことで空いた心の穴を、ケニーはその夢で埋めようとしました。
ケニーの判断基準は常に「おもしろい」かどうか。おもしろくもないつまらない人生など死んでいるに等しいという価値観でした。裏を返せば、おもしろいと思えるものがあれば生きていることを実感できるということです。
そんな夢に破れ、致命傷を負ったケニーは朦朧とする意識の中でウーリとの思い出を懐古していました。リヴァイの声をウーリと間違えるほどに。死に際でケニーは悟りました。
俺が…見てきた奴ら… みんなそうだった…
酒だったり… 女だったり… 神様だったりもする
一族… 王様… 夢… 子供… 力…
みんな何かに酔っ払ってねぇと
やってらんなかったんだな…
みんな…何かの奴隷だった… あいつでさえも…
この世界は無意味であり、だから人は何かを信じたいのだと。そして人は生きるために自分が信じた役を演じているのだと。それは「酔っ払っている」のと同じだと。
自分もその哀れな役者の一人だったと気づいたとき、ケニーの心は解放されました。ケニーはリヴァイに問います。「お前は何だ? 英雄か?」と。そして隠し持っていた巨人化の注射器をリヴァイに託して力尽きたのでした。
ケニーは、リヴァイに人を酔わせるようなものではなく、もっとかけがえのない何かを見つけてほしかったのではないでしょうか。自分は死に際まで見つけられなかったけど、リヴァイやリヴァイが選んだ人ならそれができると、彼に注射器を託したのでしょう。ウーリとの奇妙な友情の記憶に浸りながら。
もう1人、訓練兵団教官のキース・シャーディスもまた第12代調査兵団団長の役を降りたキャラクターでした。
端的に言うと、キースは調査兵団団長に相応しくありませんでした。他の団員がより良い世界のために命をかけて心臓を捧げているのに対し、キースは自分が特別な人間だと認められたいという幼稚な理由で調査兵団に所属していたのです。
そんなキースに鉄槌が下ります。意中の女性だったカルラが「特別な人間」であるグリシャと結婚し息子エレンを授かりました。そして壁外遠征の帰路で「こんなこと死ぬまで続けるんですか?」とカルラに問われるのです。
キースは「手当たり次第男に愛想を振りまき酒を注いで回るしか取り柄の無い者」には決して分からないなどと暴言を吐くことでしか自分の自尊心を保てませんでした。
カルラは言いました。
「特別じゃなきゃいけないんですか?」
「だからこの子はもう偉いんです」
「この世界に 生まれて来てくれたんだから」
カルラの「生まれてきてくれてありがとう」という祝福は、自分はこの世にいらなかったと心が折れてしまったエレンを救ったのでした。人は誰かが特別なのではなく、生まれたときから全員が特別でかけがえのない存在であるとエレンは気づくことができたのです。
ここまで長くなってしまいましたが、本章の最後はケニーの友人、ウーリについてです。
ケニーとウーリの過去が描かれたエピソード「友人」は、最終話が掲載された別冊少年マガジンに諫山先生セレクトでカラー版が掲載された超名エピソードです。(わたしは1話のカラー版がくると予想していたので当時驚きましたね)
不戦の契りによって初代壁の王の破滅的な平和思想に染まっていたウーリでしたが、彼はただ自死を受け入れるのではなく「束の間の楽園を築きたかった」のだとケニーに語りました。つまり、裁きのときまでは幸せに生きていたかったのです。
お前は暴力を信じているな?
それは避けがたいこの世の真実だろう
だが… 滅ぼしあう他無かった我々を
友人にしたものは一体何だ?
暴力か?
ウーリはケニーとの関係に何かを見出していました。そしてケニーは死に際にウーリがなぜあんなことをしたのか「今ならわかる気がする」と語りました。ウーリが感じていた何かを、ケニーもようやく見出したのかもしれませんね。
そして注射器はリヴァイへと託されたのでした。
滅ぼし合っていたものたちが手を組むといえば、物語最終盤で調査兵団とマーレ軍がいがみ合いながらも手を組み、地鳴らしを一緒に止めようとします。彼らを一つにしたものは一体なんなのでしょうか? 人には「あのときの奇跡」を起こす力があるということなのでしょうか? 人は憎しみから自由になれるのでしょうか?
次回はリヴァイが注射器で誰を選ぶのかが描かれる18〜22巻です。