見出し画像

117回目 "Typhoon" by Joseph Conrad を読む Part 4。荒れ狂う海になすすべを失くした船と船員たち。 彼らが余儀なくされた姿・有り様をコンラッドの言葉でイメージする。

いよいよ、巨大な台風との格闘が始まります。MacWhirr 船長が指揮しているのは当時最新の技術で作られ、その時代に China Sea なる海域で交易に使われた貨客船としては、最も機能的とされた石炭蒸気船です。



1.「敵」に関する情報は限られています。そんな中でこの船長が採用する戦い方が、そしてその戦い方を描く文章がユニークです。

戦いにあって敵を知ることは、勝利の為に大切なことです。しかし現実には、知ると言っても限度があります。偽情報も混じります。後はその取捨選択の力であり、知り得ない部分に対しては何らかの繕いをして作戦を立てねばなりません。船長 MacWhirr の戦い方を読みます。参考にと台風への立ち向かい方を書いた本も海図室には備えられていました。先人の残した格言もこの船長の頭に去来します。

以下の引用の直前には、部下の一等船員(船長に次ぐ高位の船員)Jukes が、荒れ様が徐々に増してくる海を前に、我が船長が自らの双肩にそのすべてを担ってくれるのだと、依存心を覗かせている記述がありました。

[原文 1] Captain MacWhirr could expect no relief of that sort from any one on earth. Such is the loneliness of command. He was trying to see, with that watchful manner of a seaman who stared into the wind's eye as if into the eye of an adversary, to penetrate the hidden intention and guess the aim and force of the thrust. The strong wind swept at him out of a vast obscurity; he felt under his feet the uneasiness of his ship, and he could not even discern the shadow of her shape. He wished it were not so; and very still he waited, feeling stricken by a blind man's helplessness.
[和訳 1] マクファア船長に、この種の救いを期待できるような先は全くありません。それが当に指揮権者の孤独です。彼は、彼に特有の、かつ船員らしい警戒方法で事態を把握しようとしています。すなわち、敵の中心部を凝視するのと同様に、強風の中心部に目を凝らし相手の隠された意思を把握し、進行方向と圧力・破壊力の推量に努めていました。この強大な風は巨大で真っ暗な領域から彼に吹きかかりました。彼は自分の両足の裏側でこの船が軋み苦しんでいるのを感じ取りました。彼はそれでもこの真っ黒な領域の在り処を嗅ぎ取ることすら出来ません。彼はこの船が軋み苦しんでいるのではないことを期待し、時の過ぎるのをジッと静かに待ちました。盲目の人たちが苦しむ無力感、それに匹敵する無力感に打ちのめされていました。

Lines between line 11 and line 19 on page 31,
"Typhoon", the attached pdf file, Gutenberg site


2. 徐々に強度を増す台風の脅威、最初に現れた稲妻の描写が、船の揺れの描写が生々しい。

上述の、船長の緊張感、自覚する責任感・負担の重さへの言及、それまでの波や船の揺れへの言及、これらに替わって、以下では台風の強度の変化が描かれます。その最初が稲妻です。

[原文 2-1] A faint burst of lightning quivered all round, as if flashed into a cavern—into a black and secret chamber of the sea, with a floor of foaming crests.
  It unveiled for a sinister, fluttering moment a ragged mass of clouds hanging low, the lurch of the long outlines of the ship, the black figures of men caught on the bridge, heads forward, as if petrified in the act of butting. The darkness palpitated down upon all this, and then the real thing came at last.
[和訳 2-1] 周囲一帯に僅かばかりの光を発する稲妻が発生しました。一瞬のことです。あたかも洞窟の奥に向かって一瞬の閃光が放たれたかのようでした。この洞窟は海に作られた真っ暗な空間、秘密の部屋です。先端が泡で覆われた波の山の連なりがこの部屋の床でした。
  今度は不安をかき立てる一瞬の閃きとしか言えない変化が起こりました。乱れた模様に覆われた巨大な集団である雲が低く垂れ込んできて、同時にこの船の外縁が描く長い線が急に大きな揺れを起こし、人々の真っ暗な姿が船橋の中に浮かび上がりました。全員が頭を前にカシげています。恰も頭から何かにぶつかって行こうとして身構えているようです。その心臓が早鐘のごとく動悸を打っているかのような暗闇がこの場の全ての人を、物をも覆いつくしました。すると次にはヨウヤくにしてその本質が姿を現しました。

Lines between line 22 and line 29 on page 31,
"Typhoon", the attached pdf file, Gutenberg site

[原文 2-2] It was something formidable and swift, like the sudden smashing of a vial of wrath. It seemed to explode all round the ship with an
overpowering concussion and a rush of great waters, as if an immense dam
had been blown up to windward. In an instant the men lost touch of each
other. This is the disintegrating power of a great wind: it isolates one
from one's kind. An earthquake, a landslip, an avalanche, overtake a man
incidentally, as it were—without passion. A furious gale attacks him like
a personal enemy, tries to grasp his limbs, fastens upon his mind, seeks
to rout his very spirit out of him.
[和訳 2-2] それは恐ろし気で重力を持たない物体、あたかも、突然に一息で投げつけられた怒鳴り声でした。これがこの瞬間に破裂してこの船の全域に響き渡ったのでした。それはこの場の全てを圧倒する一瞬の気絶現象であり、同時に巨大な量の水塊、幾つもの水塊の突入です。巨大なダムの擁壁が突如決壊し、その水が風上に向けて噴き出されたかの様でした。人々は一瞬にしてお互いの繋がりを喪失しました。巨大な風が持っていた破壊力のなせる技でした。風は人を一人ずつに切り離したのでした。地震、地滑り、雪崩、これらのいずれもは当然のことながら、情け容赦せず人々にこのような危害を加えます。狂ったような突風は人に対してイクサの敵であるかのように攻撃を加えるものなのです。人の手足を絡め捕り、こころを縛り付け、その人にとって真に大切な魂部分を攻めて打ち負かそうと努めます。

Lines between line 30 and line 39 on page 31,
"Typhoon", the attached pdf file, Gutenberg site

[原文 2-3] Jukes was driven away from his commander. He fancied himself
whirled a great distance through the air. Everything disappeared—even, for a moment, his power of thinking; but his hand had found one of the
rail-stanchions. His distress was by no means alleviated by an inclination
to disbelieve the reality of this experience. Though young, he had seen
some bad weather, and had never doubted his ability to imagine the worst;
but this was so much beyond his powers of fancy that it appeared
incompatible with the existence of any ship whatever. He would have been
incredulous about himself in the same way, perhaps, had he not been so
harassed by the necessity of exerting a wrestling effort against a force
trying to tear him away from his hold. Moreover, the conviction of not
being utterly destroyed returned to him through the sensations of being
half-drowned, bestially shaken, and partly choked.
[和訳 2-3] ジュークスは指揮官から遠く切り離されていました。彼は空中を遠く離れたところまで跳ね飛ばされたと考えました。何もかもが消失しました。一瞬ながら、考える力すら消失しました。しかし彼の片手が手すりの支柱の一本を見つけました。そうは言っても、彼の頭の中の混乱はこの出来事を無かったことだと自分に言い聞かせたところですっきりはしません。まだ若かったものの、彼は酷い荒天を経験して知っていて、それから類推することでそれ以上にいくら酷いものであろうと想像は付くと信じ切っていました。しかしこの度のものは自身の想像力を超えるもので、この世に船が存在するという知識とこの荒天の酷さとが共存できるとの気持ちは無くなりました。それと同時に、しかしながら、自分がレスリングをする思いで力を込めて、今摑まっている柱から自分を引き放そうと加わる力に抗う必要に曝されている恐怖感を知ることがなかったら、自分がこうして生きていることも、信じられなくなったくらいでした。更には、溺れ苦しんでいたり、酷く揺れ踊らされたり、一時的とはいえ呼吸が不能になったりという様々な感覚を(次から次へと)味わった後の彼には、何もかもが徹底的に破壊されるなんてことはないぞと言う確信が蘇ってきたのでした。

Lines between line 40 on page 31 and line 11 on
page 32, "Typhoon", the attached pdf file, Gutenberg site


3. 「人物だな」を連想させる、嵐の騒音が埋め尽くす中でも存在の光を放つしずけさ。

荒れ狂う海面に大揺れを続ける船体、轟音は風と波、それらによって甲板上の構築物が破壊されるすさまじい音。そんな中、やっと聞きとったカスかなうめき声は船長 MacWhirr のもの。それが生き延びられるとの希望を部下の船員に抱かせるのでした。

前回記事で触れた「人物だな」という感動を次の引用部分で再度味わうことになりました。

[原文 3-0] penetrating effect of quietness in the enormous discord of noises
[和訳 3-0] 雑音が巨大な不協和音が響き渡る中でもその存在が解る(意思を送り伝えることが出来る)、静かさなるものが持つ影響力

Line 17 on page 34, "Typhoon", the attached pdf file, Gutenberg site


この引用に至る部分を、もう少し広い範囲に遡り読むことにします。

[原文 3-1] The Nan-Shan was being looted by the storm with a senseless, destructive fury: trysails torn out of the extra gaskets, double-lashed awnings blown away, bridge swept clean, weather-cloths burst, rails twisted, light-screens smashed—and two of the boats had gone already. They had gone unheard and unseen, melting, as it were, in the shock and smother of the wave. It was only later, when upon the white flash of another high sea hurling itself amidships, Jukes had a vision of two pairs of davits leaping black and empty out of the solid blackness, with one overhauled fall flying and an iron-bound black capering in the air, that he became aware of what had happened within about three yards of his back.
[和訳 3-1] ナンシャン丸は、この嵐、知性を欠いた破壊する以外何もない暴力行為によって略奪されている真っ最中です。 予備の帆布はその周縁の保持ベルトから引きちぎられ、二重に縛り着けられていた日除け布も吹き飛ばされ、船橋は海水できれいに空っぽにされ、鉄の手摺棒は歪んでいます。明かり採りの窓ガラスは叩き割られました。救命ボートの二艘は既に無くなっています。これら様々なものが目に留まることも音に聞こえることも無いままに姿を消しました。恰も波に幾たびも衝撃を加えられ覆い尽くされた結果、溶け去ってしまったかのようです。これらが消え去った後、次に立ち上がった水塊が白いしぶきの集団になって船体のど真ん中に降り落ちて来た時になって、ジュークスの頭に、二対の釣り下げ腕状設備が、跡型無く引き剥がされ宙に浮きあがる、すなわち、引きちぎられた固定用ロープや継ぎ手類の破片の全てが宙を舞い、金具で固定されていた一つのブロックが空中に跳ね上がって行くというシーンが浮かび上がりました。真っ黒な何であるかまでは定かでなくとも、物かが存在するとのイメージが、真っ暗な何もない空間に取り替わったのでした。ジュークスは、このような事態が自分から3ヤードしか離れていない後方で起こったことを、それが完了した後になってようやく理解したのでした。

Lines between line 3 and line 12 on page 34,
"Typhoon", the attached pdf file, Gutenberg site

[原文 3-2] He poked his head forward, groping for the ear of his commander. His lips touched it—big, fleshy, very wet. He cried in an agitated tone, "Our boats are going now, sir."
  And again he heard that voice, forced and ringing feebly, but
with a penetrating effect of quietness in the enormous discord of noises,
as if sent out from some remote spot of peace beyond the black wastes
of the gale; again he heard a man's voice—the frail and indomitable sound
that can be made to carry an infinity of thought, resolution and purpose,
that shall be pronouncing confident words on the last day, when heavens
fall, and justice is done—again he heard it, and it was crying to him,
as if from very, very far—"All right."
[和訳 3-2] 彼は自分の頭をもたげました。自分の指揮官の耳に入れたいことがあって耳が何処になるのかなと考えたのです。すると自分の唇がそれ、耳に接触しました。大きくて柔らかな肉付き、水に濡れています。彼は興奮した状態で「我々の救命ボートが丁度今、流されていきます。大変です。」と叫びました。
  そうすると、この時も喉から絞り出されるような、弱々しくしか響かない声が返ってきました。しかしそれは雑音が巨大な不協和音が響き渡る中でもその存在が解る、静かさなるものが持つところの影響力を持つ声でした。恰も、はるか遠くにある平和な場所から暴風に苦しめられている真っ暗闇の不毛な空間の向こうにある場所から発せられている声でした。この時の声もやはりあの男の一言でした。弱々しい音、しかし未来永劫不変の思想、決意、意思でなる響きを持つべく調整された声であって、天国がこの世に降り立ち、最後の審判がなされるという最後の日に発せられたとも言うべき確信に満ちた言葉でした。この声がジュークスの耳に届きました。それは彼に向けて発せられたものでした。遥かに遠く離れたところから届いた声のようでした。「すべてはこれで良い(自信を持ちなさい)。」と言っていました。

Lines between line 13 and line 23 on page 34,
"Typhoon", the attached pdf file, Gutenberg site


4. Study Notes の無償公開

今回の読書対象、Chapter III に対応するStudy Notes を無償公開します。公開するファイルは Word 形式と pdf 形式の二種類ですが、コンテンツは同じです。

《 お詫びと訂正 》前回投稿(116回目)において公開したStudyNotes_Chapter 2_J Conrad において誤訳に気付き訂正を加えました。"roll" の意味を前後の揺れとの勘違いがあり、左右の揺れに訂正しました。ご留意ください(例えばその 18 ページ末近くの和訳文章)。

この記事が参加している募集