馬が人や貨物の移動を担っているとはいっても、今に残る様なコンクリート作りの建物(104回目の記事のバナー写真)も巨大な橋(106回目の記事のバナー写真)も建設された時代です。技術知識を独占していた一群の人々が大勢の肉体労働者を呼び集めれば大洋を行き来する舟も戦艦や戦車も作れたのでしょう。
しかし、そこには知識の普及、どれだけ大きな割合の人がそのレベルに達していたのかを思うと、少数の人々、少数で成る特定の社会階層に属しその階層が社会全体を(自分たちがそうと信じるところに従い)善導するべきと頑張っていた人々と、生きるとは身の丈を知ることと信じて彼らに唯々隷属していた人々が併存していた世界が想像できるというものです。
1. =英語の勉強=
長ったらしい文章も、その主語と動詞を特定できれば、意味は明確になります。
Yakov はその日の早朝に踏み込んできた警察に一瞬の内に捕捉され 3 kmばかり離れた拘置所まで馬にまたがる警官二人に連行されます。周辺の住人監視の中、手錠を架けられた姿で歩かされました。
《原文-1 の骨格構造》冒頭の He が主語で delivered が the prisoner を直接目的語とする動詞です。then の後に来るのは次の文であって、その主語は the colonel、そしてそれに対応する動詞が escorted、そしてその直接目的語が Yakov です。
2. Spinoza の著作、哲学の議論が検察主任と容疑者の間に「拘置所の独房」で展開します。
Yakov がロシア人少年殺害の嫌疑で拘置所に収監されますがその日の内に検察主任が尋問に訪れ、独房内で議論します。
語り手はこの議論の詳細を長々と記載するのです。それも次の断り書きが「前触れ」です。こんなのも小説に許される手法とは、私にとって驚きでした。
このようなやりとりで始まる哲学的やりとりは長々と、この後 4 pages も続きます。その中から「私が気に入った部分」を少し引用します。
留置所独房で進行した逮捕容疑の正当性を調べる尋問が続き、まだ Yakov の緊張と恐怖が治まった訳ではないタイミングでのやり取りです。Yakov は検察主任 Investigating Magistrate の尋問を受けています。
3. 皇帝 Tsar を筆頭に出来上がった権威の傘をうまく使う技術こそ我が飯の種として平然としている人たち
反ユダヤ主義がはびこる Kyiv の街の事業家がユダヤ人排斥の手段として虚偽の申し立てをしたことをきっかけに拘置所に留置され、Investigating Magistrate 検察主任(Bivikov)から、当日と翌日朝からの尋問を受けた Yakov、その後には休憩もなく秘密警察組織に属する Prosecuting Attorney 法廷検察官(Grubeshov 別名 Vladislav Grigorivitch)の尋問を受けます。
Malamud の手になる Prosecuting Attorney の「威圧感」と「よくもまあと驚く論理」が我々世界の「権力側のやり方なるもの」を Symbolic に浮かび上がらせます。以下はこの Prosecuting Attorney が Yakov に "Now answer me directly, you are a circumcised Jew, aren't you?" 「今後はここに居る検察主任でなく、直接、私に返答しなさい。あなたは割礼を受けたユダヤ人だろう、どうだ違うかね?」と挑発され、それに Yakov が答える場面からです。
上記 3 人の他にこの部屋には Bivikov 着きの書記である Ivan Semyonovitch と Grubeshov に同道して入室してきた Colonel Bodyansky がいます。
駐車違反のステッカーを貼られ、警察署に出頭、ステッカーの不当性を主張し撤回を求めて言い訳を始めると「私はこれが仕事だから時間が掛かることは何ら問題ではありません。どうぞ思いのたけをしゃべっていてください。諦めが付いたらそれにハンコを押してください。お引き取り頂けます。」と言われて窓口に放置されたという私の経験を思い出しました。
4. 留置場の室内では「ヨブ記」を思い出させるシーンが現出します。
15 年程も前のことですが、その暫く前に亡くなった母が残した数少ない本のなかに見つかった岩波新書、浅野順一著「ヨブ記」を読み、他には無いような暗さを感じたことがありました。その時の暗さが突然にして記憶の底から蘇ってきたのが以下の部分です。
Grubeshov 法廷検事の尋問を受けた日以降、Yakov は別の留置室に入れられました。そこは他の二人の男と共用です。一人はどこぞの無政府主義者と間違えて放り込まれたとしか思えないと主張する男、服の仕立て職人であったという Akimytch です。もう一人は小用を足すからしばらくこれを持って待っていてくれとカバンを持たされ、仕方なく立ち止まっていると警官につかまりカバンから出てきた書類が反政府活動に関わるものだとして逮捕された男、ガリガリに痩せた Potseikin です。
この部屋では一枚ずつ、古い汚い藁のマットがあてがわれその上に寝るのでした。二人がこの部屋に放り込まれるまでの経緯を吐露しました。次は Yakov の順番です。
弱い者が更に弱い者を見つけると、互いの苦しさを知っているからと助け合うというのが人間とは限らないのです。これでは、深みに嵌まり込む以外に何も良いことは起こらないのです。私の記憶にある限り、ヨブ記にあっては延々とこんな苦しみがこれでもかこれでもかと手を変え品を変えして描かれています。
5. Study Notes の無償公開
今回の読書対象は Chapter III, pages 71-108 です。この部分に対応する私のStudy Notes を無償公開します。いつもの通り A-5 サイズの用紙に両面印刷するとステープラー止めにて冊子にできるようにレイアウトしてます。word 形式と pdf 形式の二種類のファイルですが、その中身は同じです。