1. 危機に陥った娘を助けるとなると、頼りにならない婿殿を放棄するに躊躇しないのが祖母、ナシーム(Naseem Aziz)です。 [原文 1-1] But in the end it was Reverend Mother who intervened. 'Once before, my daughter,' she said, ignoring Ahmad's continuing ravings, 'your father and I, whatsitsname, said there was no shame in leaving an inadequate husband. Now I say again: you have, whatsitsname, a man of unspeakable vileness. Go from him; go today, and take your children, whatsitsname, away from these oaths which he spews from his lips like an animal, whatsitsname, of the gutter.[和訳 1-1] しかしこの騒ぎを仲に割り込み治めたのが高邁な母(祖母のナシーム)でした。祖母は娘婿のアーマドが無茶を言い続けているのを無視して言い切りました。「我が娘よ、貴方の父と母は常々不行き届きな夫は放り出すに躊躇するなと言ってきました。この言葉を今この場で繰り返します。お前の夫は悪人です。そんな輩とは別れなさい。今日別れるのです。子供たちをこの男が自らの口から放つ、道端に巣くう獣のもののごとき罵り言葉から遠ざけるのです。」
Lines between line 28 on page 393 and line 1 on page 394, "Midnight's Children" by Salman Rushdie, 40th Anniversary Edition, a Vintage Classics paperback [原文 1-2] Take your children, I say, whatsitsname -- both your children,' she said, clutching me to her bosom. Once Reverend Mother had legitimized me, there was no one to oppose her; it seems to me now, across the years, that even my cursing father was affected by her support of the eleven-year-old snotnosed child.[和訳 1-2] 「 私は子供たち、二人共を連れてと言っているのですよ。分かってますね。」と祖母は私を抱きしめて言いました。この時よりも少し前のこと、祖母は既に一度、私を家族の一人として認めてくれていたのです。それに反対できる人は誰一人居なかったのでした。何年もが過ぎた今になって考えるに、私の父、私との血縁が無いと結論されて怒り狂っていたあの父ですら、この時にこの祖母が 11 才になって鼻水に苦しまされている子供を必死で支える姿に心を動かされていたのだなと、私には思えます。
Lines between line 1 and line 7 on page 394, "Midnight's Children" by Salman Rushdie, 40th Anniversary Edition, a Vintage Classics paperback
2. 目前に展開する出来事、その当事者であるサリームの一族がする「その出来事の捉え方・認識」は私の想像を超えています。ジメジメせず前向きです。 サリームが父母と血で繋がっていないことが判明し、元々頼りなかった父は狂ってしまいます。母はサリームと妹を連れてラワルピンジ Rawalupindi に逃避しました。1959 年には建設が始まった人工の首都イスラマバードが完成するまでの数年間、パキスタンの首都になった都市です。ここにある母の妹の嫁ぎ先、上級将官ズルフィカーの屋敷に居候です。読者は血の繋がりと育ちの期間の親密感との間の軋轢は如何とハラハラドキドキで読み進めるのです。彼女たちの存在を最も鬱陶しく思うはずのズルフィカー将官にしてからが自分の息子・ザファ Zafar の頼りなさを目にするとその代役としてサリームを持ち上げるのに一瞬の躊躇もしないのでした。
この日は軍部がクーデター実行の最終確認のためにズルフィカーの屋敷に上級将官数名が参集し食事を共にすると共に行動計画の最終確認をしています。参加者に中には、革命後の指揮官になるアユブ・カーン Ayub Khan もいます。
[原文 2-1] Long trousers qualified me to sit at table, next to cousin Zafar, surrounded by gongs-and-pips; tender years, however, placed us both under an obligation to be silent. (General Zulfikar told me in a military hiss, 'One peep out of you and you're off to the guardhouse. If you want to stay, stay mum. Got it?' Staying mum, Zafar and I were free to look and listen. But Zafar, unlike me, was not trying to prove himself worthy of his name …)[和訳 2-1] 長ズボンをはいています。長ズボンは私にこの席に着く資格を与えたのでした。私の従弟のザファ(ズルフィカー将官の息子)の隣の椅子です。周りにはメダルや徽章の付いた大勢の制服に取り囲まれています。歳至らないことから、一切声を出さないとの条件が課されての列席です(上級将官ズルフィカーは軍人らしい厳しい声で私に「少しでも声を出したら即守衛官室送りだぞ。座っていたければ声を出すな。」と念を押していました。ザファと私は声を出さない限り、大人たちを見ていること、聞いていることが許されたのでした。しかしです、私と異なり、ザファがこの将官の息子という名に耐えることを実証することに失敗することになるのです。)
Lines between line 17 and line 24 on page 401, "Midnight's Children" by Salman Rushdie, 40th Anniversary Edition, a Vintage Classics paperback [原文 2-2] General Zalfikar had just begun saying, 'If you permit, sir, I shall map out tonight's procedures,' when his son wet his pants. In cold fury my uncle hurled his son from the room; 'Pimp! Woman!' followed Zafar out of the dining-chamber, in his father's thin sharp voice; 'Coward! Homosexual! Hindu!' leaped from Punchinello-face to chase his son up the stairs … Zulfikar's eyes settled on me. There was a plea in them. Save the honour of the family. Redeem me from the incontinence of my son. 'You boy!' my uncle said, 'You want to come up here and help me?' Of course, I nodded. Proving my manhood, my fitness for sonship, I assisted my uncle as he made the revolution. And in so doing, in earning his gratitude, in stilling the sniggers of the assembled gongs-and-pips, I created a new father for myself; General Zulfikar became the latest in the line of men who have been willing to call me 'sonny', or 'sonny Jim', or even simply 'my son'. [和訳 2-2] 上級将官ズルフィカーが丁度「お許し頂けるなら私、只今から本日の集会の進行プランの説明をさせて頂きます。」と言い終わった時でした。彼の息子がおしっこを漏らしズボンをすっかり濡らしてしまったのです。怒りで青ざめた叔父は息子を部屋から放り出しました。「淫売、女め、弱虫、ホモ、ヒンズー」と小さいながらも相手を非難する声がパンチネロ風の顔から弾け出て、息子のザファを後ろから追い立て上の階に登らせました。続いて、「おまえ、上に上がって来て手を貸してくれないか?」と叔父は私を呼びつけました。 もちろん私は同意しました。大人の男としての気位を、子供としての任務を果たせることを示そうと思って、私は叔父が進めていた革命の遂行を手助けしたのでした。そうすることで叔父の感謝を勝ち取り、居並ぶ軍人たちの嘲笑を静め、その結果として私は自分の新しい父親を作り出したのでした。将官ズルフィカーは私を「ソニー」だの「ソニーのジム」だの、もっと普通に「私の息子」だのと呼ぶことを自然なものと感じた何人かの男たちの中で最も新しい男という立場を獲得したのです。
Lines between line 4 and line 20 on page 403, "Midnight's Children" by Salman Rushdie, 40th Anniversary Edition, a Vintage Classics paperback
3. 成長しつつある自分を感じる、それが 15 才の頃であれば「脱皮」です。 10 才の頃には近寄る男の子をいじめて、服をはぎ取り道端に放り出したような、乱暴者の女の子であった "Brass Monkey" とあだ名で示され続けていたサリームの妹が脱皮 をします。この物語ではここに至って初めてこの女の子の名前が "Jamila" であったことが示されます。Jamila が 14 才を迎えた誕生日会のシーンです。成長期の人にあって、哲学的な世界における気付きが「開眼・啓示 」であり、新しい観点の発見が「目からうろこ 」であるとすると、今回のモンキーの成長は当に「脱皮 sloughing off the old skin 」だなと私は感心しました。
[原文 3-1] Perhaps, then, she guessed that when the hired musicians began to play, Emerald Zulfikar would descend on her with callous elegance, demanding, 'Come on, Jamila, don't sit there like a melon, sing us a song like any good girl would!' And that with this sentence my emerald-icy aunt would have began, quite unwittingly, my sister's transformation from monkey into singer; because although she protested with the sullen clumsiness of fourteen-year-olds, she was hauled unceremoniously on to the musicians' dais by my organizing aunt; and although she looked as if she wished the floor would open up beneath her feet, she clasped her hands together; seeing no escape, the Monkey began to sing.[和訳 3-1] その時おそらく彼女には、ズルフィカー夫人のエメラルドが自分の傍に歩み寄り非情にもその優雅さに任せて圧力を加えるであろうことの予測がついていたと思います。エメラルドが「さあ、ジャミラ、メロンの様にジッと座っていてはいけませんよ。私たちに歌を聞かせて。良い子は誰もが歌を歌うのよ。」と攻め立てました。 この一言が発せられた一瞬に、冷徹なエメラルド叔母さんが、ほとんどそうしようと意識した訳ではなかったものの、私の妹のモンキーから歌い手への遷移(脱皮)を開始させていたのでした。彼女・妹は声を出すこともできず、もじもじと 14 才の少女らしい動きで抵抗を示していたものの、誕生日の会の仕切り役の叔母にスマートとは言えない格好で、部屋の前の舞台に押し上げられたのでした。妹は足下の舞台が二つに割れて壊れてくれることを祈っているがごとくに両手を組み合わせていました。しかし逃げられないと悟った妹・モンキーは歌い始めました。
Lines between line 23 on page 407 and line 2 on page 408, "Midnight's Children" by Salman Rushdie, 40th Anniversary Edition, a Vintage Classics paperback この感動の場面を描き出すのはこの小説の語り手であるサリーム Saleem の務めなのですが、ラシュディが書くサリームはうまい手を使います。
[原文 3-2] I have not, I think, been good at describing emotions -- believing my audience to be capable of joining in; of imagining for themselves what I have been unable to re-imagine, so that my story becomes yours as well … but when my sister began to sing, I was certainly assailed by an emotion of such force that I was unable to understand it until, much later, it was explained to me by the oldest whore in the world. [和訳 3-2] 私は、自分で考えるに昔から、高まる感情を表現するのが得意とは言えません。私の読者であられる皆様にあっては高まる感情に共振する能力はお持ちであると信じております。すなわち、私には困難な別の人の感情を想像して自分も一緒に味うという能力です。読者の皆様のこの能力故に、私の物語が皆様の楽しみ足り得るのですから。私の妹が歌い始めた時には、私もその種の力を持つ感情の攻撃を受けはしました。しかし何年も後になって、この現実の世に生きる女性という魔性による教えを経験するまでは、この攻撃の意味が解らなかったのです。 《 引用しませんがこの直後にはモンキーの歌声が大人の女性にいつの間にか成長と遂げていて、女性的魅力にあふれるものであって大成功となった旨が描かれます 》
Lines between line 3 and line 9 on page 408, "Midnight's Children" by Salman Rushdie, 40th Anniversary Edition, a Vintage Classics paperback
4. Study Notes の無償公開 本小説 Episode 20 (Pages 392-408) に対応する部分の Study Notes (Midnight's Children: Part 11) を以下に無償公開します。