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『スタッキング可能』 松田青子 身体で読む本

『スタッキング可能』は、表題作ほか3篇の中編と、その間とラストに置かれた3篇の連作短編からなる「もうぶっちゃけ、読んでみて!」としか言いようがない1冊です。

『スタッキング可能』の内容紹介

日本社会を皮肉に照射する表題作「スタッキング可能」をはじめ、雑誌掲載時より話題の「もうすぐ結婚する女」など、たくらみに満ちた松田青子初の単行本!

河出書房新社HPより

各話の感想と読みどころ

『スタッキング可能』 「わたし」は積み上げることができる

まずは表題作『スタッキング可能』
のっけから「A田」だの「B野」だの「C川」だのとイニシャルの人物がランダムに登場します。その中に一応『わたし』という学校や会社に馴染みにくいキャラの人物が登場しますが、これが主人公というわけではありません。

それぞれが繰り広げるのは実に他愛のない話。「レズビアン会議」と称して自分が接点を持てない女性を肴に飲み会をする男たちや、女子トイレで無言で品定めし合う女たち。ちゃん付けで呼ばれる、呼ばれないだのー、そんな些末なことで振り分けて安心したり不安になったりする日常が描かれています。

男か女か、若いかそうでないか。さまざまな振り分けが蔓延る中、そんなことを取っ払って『わたし』でありたいと思う。

誰にも侵されない難攻不落の『わたし』をつくる。会議室にあるみたいなスタッキング可能の椅子を重ねてバリケードをつくる。

『スタッキング可能』より

バリケードは他者と自分を隔たるものでありながら、いくらでも作り替えができるもの。「わたし、わたし」ってこだわるけれど、見ようによっちゃ誰も似たようなもんじゃなか、と皮肉にも取れるタイトル。が、その似たような私たちだからこそ、ちゃんと積み重なることができるのかも。
スタッキング可能、なるほどな。

『マーガレットは植える』 「植える」という新技

マーガレットは植えた。バラの花を植えた。スミレの花を植えた。ー、の書き出しに、ん? ん?となる。

マーガレット「を」、ではなく、「は」。すぐにマーガレットが人の名だとわかるのだが、作為的だなと思った次の瞬間、マーガレットハウエルかいっ!盛大に突っ込むところからこの話の世界に入っていきます。

マーガレットは仕事としていろんなものを植えます。真っ白なシャツ、陶器の風鈴、戦闘美少女のフィギアなど送られてくるものを植えるマーガレット。しかし、次第に送られてくるものが不穏なものとなってきます。

誰も愛することのできない心を植えた。憎しみを植えた。怒りを植えた。埋めたいと思いながら植えた。

『マーガレットは植える』より

「埋める」のではなく「植える」というのが独特でちょっと不気味。「植えてやる」と思いながら恐怖を植えていくマーガレットですが、なんのためなのか、それにどういう意味があるのかを小説は明示していません。

消してしまいたいこと、関わらないでいたいこと、そんな負の感情への対処として「植える」があるとしたらー。なんだか新しい技を得たようで、ちょっと清々しい。

『もうすぐ結婚する女』 思うままに姿かたちを変える

わたしがもうすぐ結婚する女がいるビルを訪れることからこの話は始まります。もうすぐ結婚する女が誰なのか、わたしとの関係はわかりません。読み進めていくうちに、もうすぐ結婚する女が一人ではないと気づく。わたしとの関係もさまざまであると気づく。

が、読み終わって思うのは、わたしは誰なの?

『ウォータープルーフ嘘ばっかり!』 さあ、ご一緒に!

中編の間とラストに置かれた『ウォータープルーフ嘘ばっかり!』
この話は実在の化粧品メーカー「ちふれ」の正式名称「全国地域婦人団体連絡協議会」(まず、コレに驚いた) の会長を名乗る大野公子と副会表の会話劇です。

ウォータープルーフマスカラはすぐ落ちるじゃないか、ズボンのことをなぜパンツというのか、小ぶりのバックをスタイリッシュに持ちながら、なぜそのメインよりも明らかに大きな「サブ」バックを持つのか、など、どうでもいいようなことをあーだーこーだと主張する会長と副会長。

が、なかなかのフェミ論で面白い。


3編の中編のいずれもが、「女だから」「○○だから」という刷り込みや思い込みに縛られていることを皮肉たっぷりに見せながら、縛られない世界はあるよ、きっと、と思わせてくれるもの。

ナンダカンダ書きましたが、とにかく読んでみて。なんで「イニシャルなの?」とか「エレベーターの意味は?」とか「関係性はどうなんだ?」といったことなど考えずに、音楽を聴くように、スポーツをするように、身体全体で読んでみてほしい1冊です。

*文庫は、書き下ろし短篇「タッパー」を収録。解説は穂村弘さん。


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