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最近読んだ本の感想(魔王)

井坂幸太郎 「魔王」

この本を見つけた時、最初にシューベルトの「魔王」を思い出した。
学校の音楽の授業でも登場していたように思う。シューベルトが曲をつけたのは、詩人ゲーテのバラードで、嵐のなか、子供をかかえて馬を駆る「父親」は人間の知性を示し、「魔王」は人智を超えたもの(自然の神秘)を表している。子どもがいくら訴えても、大人には「魔王」が見えず、何もできない。

ただ、井坂さんのことだから、超能力がでてくるかなと期待する。(「死神の精度」は既読)

この本は「魔王」と「呼吸」がセットになっているように見える。
「魔王」は安藤(兄)が、「呼吸」は安藤(弟、潤也)が主人公。

◆「魔王」
彼は偶然、自分が心のなかで話した内容を目の前にいる人にしゃべらせる特殊能力をもっていることに気づく。彼こそが魔王かと読み進めていたが、どうもそういうことではないようだ。

あとがきに著者が記しているように、ファシズムや憲法、国民投票などはテーマではないという。時代が変化するとき、強力な指導者(犬養)が現れ、閉塞感をもっていた多くの民衆がその人に憧れ、彼の方向を向こうとする。主人公の身近な人々もその指導者をたたえ始めている。そういう状況に安藤(兄)は不穏な空気を感じ、このまま多くの民衆とともに流されていいのだろうかと考える。「魔王」とはそういう動きをする民衆のことを指しているようだ。
ムッソリーニと犬養との対比も語られる。どこか似ているんじゃないのかと。

日本は、人と違うことをすると、たたかれる。皆と同じようにしていれば平穏に暮らせる。でもそれでいいのか。自分で考えて行動しなきゃいけないですよね、とかたりかけてきているようだ。

サッカー選手がアメリカで刺されたことをきっかけに、アメリカを嫌いになった民衆がケンタッキーフライドチキンの店の襲撃をしようとしたり、アメリカ人(すでに日本に帰化しているのだが)の家に放火したりという事件が起きる。

そうした状況のなか、犬養の演説を妨害しようと、群衆をかきわけちかづく。2度、犬養におもった言葉をしゃべらせることに成功したものの、群衆はそれをジョークとうけとったようでまったく意味がなかった。そして、安藤(兄)はここで息絶えてしまう。
問題提起して、何の解決もみないまま、あっけなく終わってしまった。

時代が大きく変化しているとき、その場にいる人間はそのことに気づきにくい。あとから、あの時代は、と検証されると流れをつかみやすい。
強いリーダーに人々が熱い支持をおくる、そうした世の中の雰囲気、不穏な空気を感じさせて、それで終わっている。

「呼吸」
安藤(兄)がなくなって5年を経た世界。安藤(弟)(潤也)は詩織と仙台で暮らしている。潤也は個体数の減っている猛禽類を調査する仕事をしている。詩織は派遣社員として働いている。じゃんけんをすると必ず潤也が詩織に勝つので、その運を確かめに、競馬場へ向かう。単勝買いにしてからは、毎回当たり、第八レース後には手持ちが148万円になる。第九レースでその全額をあてたが、このレースは完敗。それまで10頭だったのが第九レースは12頭だったのが違い。10頭の場合はかならず当たるようだ。

運の良さを確認した潤也は、詩織に内緒でお金をためていく。かくしてあった通帳をたまたまみつけた詩織はその残高におどろく(1億2520万円)。お金は力だと潤也はいう。
まわりの雰囲気とか世間体を気にしてやりたいことができない自分はちょっと嫌だ。兄貴は負けなかった。馬鹿でかい洪水が起きた時、おれはそれでも水にながされないで立ち尽くす1本の木になりたい。
民衆は変化をのぞみ、強いリーダーを求めている。憲法改正のための国民投票が実施されている場面がでてくる。人々は熱狂している。

詩織が安藤(兄)の気配を感じ、聞こえた気がした言葉がちょっとひっかかる。
「あいつ(潤也)こそが魔王かもしれない」

同調圧力、空気を読む、そんな言葉がありますが、激動する時代、人の意見に左右されず、自分の考えをしっかりもつことが大切ですよね。

お金の力で潤也は何をしようとしているのだろうか。クラレッタのスカートを直すとは何を示唆しているのだろうか。
(ムッソリーニと恋人のクラレッタが銃殺されたあと、死体は広場に晒された。その後、死体が逆さにつるされた。クラレッタのスカートがめくれた。そのとき、ブーイングをうけながら、はしごにのぼってスカートをもどし自分のベルトでしばってめくれないようにしてあげた人がいたそうだ。)
この人は勇気ある人だ。実話かどうか不明。
潤也は兄の影響で政治に関心をもっている。なにをしようとしているのか。

「魔王」の初出は、2004年12月
「呼吸」の初出は、2005年9月
郵政選挙で小泉自民党が「歴史的大勝」を収め、与党が衆議院の2/3以上の議席*を獲得する以前に書かれたもの
*改憲できる議席数
さらに、安倍内閣が改憲を前提にした国民投票法を成立させた2007年5月以前に書かれたもの

なにか予言しているようでもある。

これら作品に連なる作品として「モダンタイムス」があるそうで、読むことになりそうだ。
(直接的な続編ではないらしいですが)

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