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夜ふかしが楽しいのは今日という1日を終えたくないから
「お引っ越しの理由はなんでしょうか?」
「心機一転…ですかね」と、少しだけ微笑みながらそう答えた。
今年の7月に引っ越しした。更新の時期が迫ったとき、せっかくだからと、引っ越しを決めたのである。
理由は「心機一転」と、不動産屋さんの受付票にもそう書いた。法人契約で借りたので初期費用は会社が負担してくれる(後に給料から控除されるわけだが)。いい会社だ。本当にありがたい。
引越し先の最寄り駅はむずかしい漢字が宛てがわれていて、駅名を言っても「え、どこ?笑」と言われる、各駅停車でしか止まらない駅だ。
初めて引っ越し先の駅に降り立ったとき、「今日から新しい生活が始まる」と浮き足立っているのも束の間、駅前がひどく閑散としていることに気づく。駅前にはスーパーとファミマがポツンとあるだけだった。
内見のとき、不動産屋さんの車に乗って直接物件へと行ったので駅周辺の感じがわからなかった。せめてチェーン店のカフェかレストラン1軒でもあればよかったが、それすらもない。駅のまわりは重たく薄暗い雲で包まれている。
1Kの風呂トイレ別、鉄筋コンクリート造の家賃75,000円。東京23区は風呂とトイレが別になると突如と家賃が高くなる。
ユニットバスは排水管が連結できるという施工上、とても楽なので家賃が安くなる。
不動産屋さんで部屋探ししたとき、東京の家賃が高くなったなと感ぜられた。担当してくれた同い年くらいの男性も「そうですね〜」と心にもない返事が返ってきた。
本当は目星をつけていた物件があったが、すでに成約済みだったため、妥協した結果、似た条件の物件で会社から電車で20分だし、近いからここでいいかという感じで物件探しはすぐに決まった。
内見以来2度目の部屋に入って部屋の中央にゆっくりと腰をおろす。白く広がる天井を見つめながら、家具も家電も何もない部屋が広く感じられるのはきっとこのときだけだろう。厭世的な東京の街にしては静かな街で、箱部屋にいるようであった。何年住むかわからないこの部屋で、これからのことについて考える。
引っ越し当日にガスとWiFi設置に立ち会った。このとき、はじめてひとり暮らしをした時のことを思い出す。なにもわからないまま不安と新生活に想いを馳せていたときのことを。
スーパーへの買い物ついでに新生活となる駅周辺を散策した。眼下に広がる7月の東京は、生暖かい空気に包まれ、周囲の建物もどこかのんびりとした表情でいる。
でもすぐにこの街が好きになった。駅前を出ると背の低い建物と小さいロータリーがお出迎えしてくれる。新宿や渋谷のような背の高いビルを前にすると、建物の圧力に押しつぶされそうな気分になり、あまり好きになれない街だが、引越し先の駅はこれから新生活を暖かく迎え入れてくれた気がした。
カフェやレストランがないかわりに、引越し先の街には徒歩10分のところにStarbucksがあった。こんな東京の外れの駅(ギリギリ23区内だ)にStarbucksがあるなんて…と。今までの僕は出先のついでに寄る場所でしかなかったのに、近所にStarbucksがあるなんて、偶然かもたらした幸運だった。
それからというものの、休日はほぼStarbucksに行くこととなる。
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行っては大体は本を読んでいる。まわりはパソコンやノート開いて仕事や勉強している人が多い。僕はそんな人たちを尻目にデスゲーム物の小説を読んでいた。
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読書中はゆったりとした時がながれる。2時間3時間もあっという間だ。とくに特別な休日というわけではないけれど、これくらい和やかな休日はないだろう。
家での食事は基本、ご飯だけ炊いてあとはスーパーでお惣菜だけ買って温めて食べるだけの質素な食事だ。30歳独身男性の食事なんてこんなものではないだろうか。ただ空腹を満たせればいいので、そこまで凝った食事を作る気が起きない。いたって普通の、いたってどこにでもいそうな30歳独身男性の生活だ。
新居に引越して2週間が経ったころ、会社から小田原へ1ヶ月の出張を命じられた。ようやく新天地での生活に慣れてきたところだったのに。
東京⇔小田原は出張なのか、微妙なところだが、電車では通えない距離なので出張といえば出張だ。
小田急線の急行にゆられること1時間半、秦野あたりから田園風景がみられ、車窓の風変わりを楽しみながらようやく小田急線の終点、小田原駅に着く。
そこから1ヶ月、ホテル暮らしとなる。どこにでもある1泊6,500円の安いビジネスホテルだ。
せっかく小田原に来たのだから観光……というわけでもなく、週末は東京に帰っていた。小田原に居づらさを感じていたからだ。生まれも育ちも東京な僕にとって、やはり東京が落ち着く。それほど、休日を小田原で過ごしたくない思いが勝ってしまった。東京に一時かえっても相変わらずStarbucksで読書に勤しむだけなのだが、もはやそれだけのために帰っている。それほど東京での居心地の良さを感じていたのだ。
出張も残り1週間となった最後の週末、せっかくなので東京に帰らず、小田原近辺を散策しようと決めた。そのなかで「万葉の湯」という温泉スパを見つけた。
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デイユースで2,500円と格安だったので、1日中、ここで過ごした。
この「万葉の湯」にこんなのもあった。
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なんだここは…っ!?
「休憩処」とは別に「読書処」!?
読書が好きな僕にとってとても目をひくものだった。さっそく入ってみると漫画がビッシリと詰められた本棚がズラーっとあり、ビーズクッションやyogiboがいくつもあり、僕はここで4時間ほど過ごしてしまった。あまりにも快適な読書時間を楽しむことが出来た。この感動をTwitter(X)に投稿したら、なんとちょっとバズってしまった。
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はじめて10,000いいねをもらえて、時間空けてTwitter(もうXとか書かない)をみると、えげつない通知に驚かされた。そして鳴り止まない通知にひたすらあわあわしていた。はじめてバズったときの通知の鳴り止まなさに感動してしまった。
この投稿に「行ってみたい!」など、肯定的なコメントが多かった。SNSで多くの人に拡散されるといわゆる「クソリプ」が見られるが、僕の元には届かなかったのが幸いだ。
約半日、この温泉スパで過ごした後、夜の小田原の街へと繰り出した。気持ちのいい夜の風に当たりながら最後の小田原を満喫した。
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今度は仕事じゃなくていつか観光でもう一度来ようときめた。そんな夜だった。
そして1ヶ月の出張の任を終えた8月30日、東京への帰路につこうとした矢先、当日台風接近により小田急線が運行を休止してしまっていた。
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「絶望のふちに立たされる」とはまさにこのことかと思い、絶望した。この日には絶対に東京に帰りたかった。どうしたものかと思い、一瞬タクシーで帰るか考えた。小田原⇔東京のタクシー代はいくら経費で精算できるとはいえ、高額なタクシー代を立て替えるほどの財力はないのでやめた。こういうとき、きっちりと理性がはたらく自分、エラい。
奇跡的にJR東海道本線が運行していたのでそれに飛び乗ることができた。各駅停車で2時間半の乗車となるが、背に腹はかえられぬ思いだった。あまりにも長い8月30日だった。
突き抜けるような水色の夏空はいつの間にか終わっていて、青の色を一段深めた晩夏の空が広がる9月。久々に高校時代の友人と新宿の居酒屋で飲んでいた。
「お!いいね〜」
「唐揚げを2つ」と注文した僕に友だちはそう言った。届いた唐揚げをチューハイで気持ちよく流し込んだ。30歳のなんてことの無い日常に一味くわえられた幸せのひと時である。
ほろ酔いになりながら夜の新宿を歩いた。手を伸ばしても到底届きそうにない黒い世界が広がっていた。外には爽やかな風が流れている。これからの生活を後押しするかのような、心地よいものだ。
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このときの1日は光のきれいな1日だった。光がすりガラス越しに射していて、どこか特別なことのように思えた1日だった。
ひとり暮らしの部屋に戻り、楽しかった1日の興奮がさめず、中々寝つけないでいた。もう1杯の缶チューハイを飲みほす。先ほどまでの友人と過ごした時間に想いを馳せながら。夜ふかししたくなるときは、今日という1日を終わらせたくないからかもしれない。
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