イノベーションの知恵 (野中 郁次郎・勝見 明)
プラクティカルウィズダム
以前、野中郁次郎教授が主宰していたフォーラムに参加していたことがあるのですが、本書は、その事務局の方から、野中氏の最近の著作としてお送りいただいたので読んでみました。
ご存知のとおり、従来から野中氏が提唱しているのは、形式知と暗黙知の往還を基本コンセプトにおいた「知識創造理論」です。
本書では、野中理論の最近の展開として、「共通善(コモングッド)」を根底にした実践知にもとづくプロセス理論が、9つの具体的な事例を材料に解説されていきます。
このプロセス理論を野中氏は「知の作法」と名付けているのですが、そのなかで最初に紹介されているのが、「実践的三段論法」です。具体的事例は、旭川市立旭山動物園と京都市立堀川高等学校です。
まず、野中氏は、「理論的三段論法」の適応領域とその限界についてこう指摘します。
大前提・小前提・結論から成る「理論的三段論法」に対して、「実践的三段論法」は、目的→手段→行動というプロセスで構成されています。「何を知りたいか(目的)」「どう知るか(手段)」「どう行動するか(行動)」の3ステップです。
この「実践的三段論法」は「仮説→検証→修正」というプロセスでもあります。この反復実践が「新たな知の獲得」に繋がっていきます。
このサイクルのなかで、演繹法(deduction)や帰納法(induction)とは異なる「仮説設定(abduction)」という直観的な発想法が習得されていくのです。
昨今、特に「仮説検証」型のアクションが推奨されていますが、実はスタートとなる「仮説の設定」が非常に難しいのです。
この点について、野中氏は、場の共有や経験にもとづく「実践知」の役割を指摘しています。
この「ロジカルシンキングからプラクティカルウィズダムへ」が野中氏の主張する変革のリーダーシップのあり方の根幹になります。
モノとコト
経営論における「プロセス理論」を考えるうえでは、20世紀前半のイギリスの哲学者ホワイトヘッドの世界観を振り返る必要があります。
このホワイトヘッドのユニークな視座を野中氏はこう紹介しています。
21世紀における知識経営においては、この「モノ的発想」から「コト的発想」への転換がポイントだとの指摘です。
この発想の転換の成功例が、JR東日本のエキナカ商業空間エキュートです。これは、駅を「通過する駅」というモノから、買物をするコト、食事をするコト・・・といった「集う駅」へとコンセプトを大きく変えたのでした。
野中氏は、この「モノ」と「コト」について、別の章で「現実」ということばの2つの意味を取り上げて、さらに解説を進めています。
「リアリティ」が「モノ的現実」、「アクチュアリティ」が「コト的現実」というわけです。
このように現実を「コト」の連なりというプロセスとしてとらえ、そういった物語性の中で「動きながら考える」、こういう行動スタイルが、野中氏のイメージする「現代の変革リーダー」の姿なのです。
本書では、この「モノ的発想」と「コト的発想」との対比は、様々に言い換えられています。「名詞ベース」と「動詞ベース」、「主客分離」と「主客未分」、「理論的三段論法」と「実践的三段論法」、「考えて動く」と「動きながら考え抜く」、「形式知重視」と「暗黙知重視」、「時計時間」と「適時時間」・・・。「人間=being(在る存在)」と「人間=becoming(成る存在)」もそのうちのひとつです。
「成る存在」は「自律的な存在」でもあります。こういうタイプのメンバから構成される組織像が「自己組織(Self-organization)」です。
その特徴を野中氏は以下ように列挙しています。
この「自己組織」、実は、私個人としても、及ばずながら日々目指しているひとつのゴールの姿なのです。
さて、最後に、ビジネス論とは別の観点から印象に残ったフレーズを書き記しておきます。
社会福祉法人むそう理事長戸枝陽基氏の言葉です。
「実践」や「体験」にもとづく「身体知」のひとつの例ですね。
これもまた、「分析志向」の欧米型マネジメントスタイルでは気づきにくい事柄でしょう。