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新・地図のない旅 II (五木 寛之)
(注:本稿は、2024年に初投稿したものの再録です。)
いつも利用している図書館の新着本リストで目についたので手に取ってみました。
五木寛之さんのエッセイ本をみると、いまだについ手が伸びてしまいます。「地図のない旅」というタイトルの本ははるか昔読んだ記憶があるのですが、長い年月を経ての “新” 版です。
先に読んだのは「Ⅰ」で、こちらは同時期に出版された「続編」になります。
内容は、「Ⅰ」と同じく、特に目新しい視点があるわけではないのですが、それでもやはり気になるフレーズには出会えますね。
それら中から私の関心を惹いたくだりをいくつか覚えとして書き留めておきます。
まずは、「悲しいときに歌う歌」との小文で心を止めたくだりです。
ここでの五木さんが語る心情は、先に読んだ「NHKラジオ深夜便 絶望名言」という本のメッセージにも通底しているんですね。
(p76より引用) 私は少年時代の一時期、敗戦後の外地で難民生活を送ったことがあった。満州から命からがら南下してきた人びとと共に、耐えがたい体験をした。そんななかで、私たちは実によく古い流行歌をうたったものだった。
明日をもしれぬ絶望のなかで、明るい歌や希望をうたう歌など、うたう気もしなかったのである。
悲しいときには悲しい歌を、というのが真実だと思う。感傷的な古い歌を口ずさみながら、私たちは強く生きのびてきたのだ。
引揚船の船中で、船員が「いま内地ではこんな歌がはやっているんですよ」と「リンゴの唄」をきかせてくれたとき、私たちは黙って肩をすくめただけだった。
励ましが重荷に感じるほどの悲しみ、そうなんでしょう。
ときおり「この歌を聞いて元気をもらった」とか「励まされた」といった話を聞きますが、考えてみるに私は、何か “歌” を聞いてそんな気持ちになったことは一度もありません。“懐かしさ” が最もよく浮かぶ感情ですね。
次は、「地方文学賞について」の章。
各地で主催されている “文学賞” ですが、それらの淘汰が進む中、その選考課程の真剣さについて、五木さんはこう記しています。
(p175より引用) 文学賞の選考会のことを、なんとなく馴れ合いの儀式のように誤解している人がいる。版元やジャーナリズムの力関係で結果が決まるように皮肉な見方をする人もいる。
しかし、実際の文学賞の選考の場は決してそうではない。ある意味で真剣勝負の場でもあるのだ。
金沢市主催の泉鏡花文学賞、ある年の選考の場での情景です。
(p176より引用) あるとき、評論家で選考委員の一人である奥野健男さんが一人の作家を強く推してゆずらなかった。しかし、井上靖さん、瀬戸内晴美(当時)さん、吉行淳之介さん、三浦哲郎さんなど他の委員がどうしても首を縦にふらない。
長い沈黙のあと、突然、奥野さんがはらはらと涙をこぼした。そして振りしぼるような声で、
「ぼくがこれだけ推しても駄目ですか」
と、言った。
気まずい場面をすくったのは吉行さんの穏やかな一言だった。
「おい、奥野、泣くなよ。みんな困ってるじゃないか。でも、駄目なものは駄目なんだ」
居並ぶ錚々たる顔ぶれが生む緊迫した空気、そしてその間の有言無言のやりとり、これはなかなかに痺れるシーンですね。
そして、最後にもうひとつ。
本書のタイトルにちなんで、「あとがき」に五木さんはこう記しています。
(p229より引用) 「地図のない旅」とは、実際に当てもなく歩き回る旅ではない。人は生まれて、生きて、そして去っていく。どれほど自由であっても、出発点と帰するところは決まっ ている。
そんな限られた人生だからこそ、日々の細部にこだわり、些事について語りたくなるのだ。
キザな言い方だが、人はみな地図を持たない旅人なのだ。目的地へ急ぐことだけが旅ではない。日々の泡のように一瞬、あらわれて消える出来事にも人生の真実はある。
いい歳になってくると、こういった感覚がほんの少しですが “我がこと” として思い至るようになってきました。
このエッセイのシリーズはもう1冊出版予定とのこと。また、楽しみに読んでみましょう。