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朝令暮改の発想―仕事の壁を突破する95の直言 (鈴木 敏文)
変化への挑戦
著者の鈴木敏文氏はセブン&アイ・ホールディングスの会長兼CEO。セブン-イレブン・ジャパンを創設した経営者として有名です。
その鈴木氏が、自己の経験に基づきこうあるべきという仕事に対する姿勢を「95の直言」として開陳したものです。
まずは、「変化」に対応するための要諦についてです。
変化の激しい時代においては、現状に止まることが「リスク」となります。
(p27より引用) 変化の激しい時代には、むしろいままでどおりのことを続けている方がかえってリスクが大きく、新しいことに挑戦することでリスクが回避されるという発想に切り替えるべきです。
とはいえ、鈴木氏は拙速な対応を戒めます。
(p124より引用) わからないのに先手を打つのは、「あたるも八卦」か「博打」のようなものです。
もちろん、先のことをいろいろ考えることは大切です。しかし、変化の時代に必要なのは、先手を打つことよりも、どんな変化にも対応できる体質をつくっておくことです。
「変化の兆しを事実として捉え、それに間髪入れず対応し続ける」、そのための仕掛けが、POSに代表されるセブンイレブン自慢の情報システムであり、また、朝令暮改を認める柔軟な企業風土です。
また、鈴木氏は、「リスクへの挑戦」に関して、社内の反対を押し切って実施した高密度多店舗出店やATM積極設置等の施策を例に、次のように語っています。
(p142より引用) 一歩踏み込んで挑戦すれば、当然、リスクをともないます。しかし、爆発点はリスクの向こうにあることを忘れるべきではありません。
顧客の認知度や利用頻度の「ティッピングポイント(爆発点)」を越えるためには、思い切った挑戦が不可欠との教えです。
こういった挑戦的な施策は、多くの場合、過去の延長線上の思考からは導き出されません。意識して従前とは違った視点・視座から物事を考える姿勢が求められます。
そういう姿勢を身につけるための「読書のヒント」です。
本を読むとき、重要と思うところに線を引きながら読む人がいます。
(p160より引用) 線を引くならむしろ、自分の考え方とは異なる意見や反対の考え方の箇所にすべきです。・・・
特にノウハウ本やハウツウ本の類は過去の成功体験に基づいて書かれているものがほとんどで、変化の時代には必ずしもそのまま通用するとはかぎりません。そうした過去の成功体験を同感に思い、鵜呑みにしているかぎり、自身も過去の経験から抜け出せなくなる可能性があります。
本を読む場合もそうですが、新たな情報を得るためには、常に頭の中に「問題意識」をもっておかなくてはなりません。
(p163より引用) 新しい価値や新しい需要について常に問題意識を持っている人は、何かのきっかけになる有益な情報がフックされていて、それをとっかかりにして外へ出て行き、新たな挑戦へと踏み出すチャンスをつかんでいきます。
単にアンテナを立てているだけでは情報は受信できません。電源がONになっていないと受信機は機能しませんし、チューナーがないと望みの放送がキャッチできないのは当然です。
絶対価値
経営戦略を考えるにあたっては、いろいろなフレームワークが提示されていて、その中には必ず「競合」を対象とする議論があります。
競合との「相対優位」を追求するのが競争の本質だという有力な考え方もありますが、鈴木氏は、その論には組みしません。
(p45より引用) 競争社会にいると、わたしたちはとかく他社と比較した相対的な価値に目が奪われがちです。しかし、売り手として本当に目指すべきは絶対的な価値の追求です。・・・相対価値の比較は本来、買い手である顧客がすることであって、売り手側がすることではないのです。
鈴木氏が経営において最も重視する「絶対価値」の根源は「顧客のニーズ」です。「顧客のニーズ(=絶対価値)」の追求を目指してすべての企業活動を推進するのです。
(p48より引用) 「われわれの競争相手は競合他社ではない。真の競争相手は目まぐるしく変化する顧客のニーズそのものである」
経営を競争相手との戦いと捉えると、競合が増えることは「勝利へのリスク要因」です。しかし、鈴木氏の考えは異なります。「絶対価値」を追求していれば「競合はチャンス」となるというのです。
(p51より引用) 常に絶対を追求して、明確に自己差別化されていれば、「競合相手の出現は逆にチャンスになる」という意識を持つことができるようになり、どんな競合が出現しても、成長を続けることができるのです。
「絶対価値」を「顧客のニーズ」だと定義すると、「顧客」をどう位置づけ、どう意味づけるかという基本認識が重要になります。
「顧客」は自己の何らかのニーズを、商品やサービスの購入を通して具現化します。
(p55より引用) 顧客は期待以上の価値を感じて初めて満足する。その期待度は一定ではなくどんどん増幅し、・・・売り手が同じレベルのまま続けていくだけでは顧客はやがて離れていくでしょう。
「顧客の満足を満たすためにはどうすればいいか」を考え続けるのです。このときの立ち位置について、鈴木氏はこう語ります。
(p58より引用) 今の時代にわれわれが追求しなければならないのは、「顧客のために」ではなく、常に「顧客の立場」で考えることです。「顧客のために」と考えるのと「顧客の立場」で考えるのとでは、一見同じようでいて、大きな違いがあります。
この指摘は、非常に重要な「視座の転換」だと思います。
(p58より引用) 第一に、わたしたちが「顧客のために」と考えるときは、たいていの場合、自分の過去の経験をもとに、「顧客はこんなものを求めているはずだ」「顧客とはこういうものだ」という売り手からの思い込みや決めつけがあります。
「顧客のために」との考え方は、まだまだ「売り手」の立場からの発想に立っているとの指摘です。
(p61より引用) 「顧客のために」と考える発想のもう一つの問題点は、「顧客のために」といいながら、自分たちのできる範囲内や、いまある制度や仕組みの範囲内で考えたり、行っているにすぎないケースが多いことです。
「顧客の立場」に視座を移すことによって、はじめて「顧客目線」のニーズやウォンツに気づくことができるのです。
異口同音の箴言
本書で紹介されている数多くのアドバイスの中には、鈴木氏ならではといった独創的な切り口のものもあれば、世に氾濫する多くのビジネス本で言い古されている指摘もあります。
後者に属する指摘は、どんな企業でもみられる共通的な問題点であり、また、そうである所以は、現実には簡単には是正することができない現実を映し出しています。
たとえば「自責と他責」について。
不調の原因を他責に求めるのは世の常です。
(p25より引用) ものが売れないのは、まだ表面に表れず顕在化していない消費者のニーズを掘り起こすような新しい商品やサービスを提供できていない自分たちに責任がある。にもかかわらず、「不景気のせい」にすることで自分たちを納得させていたのです。
「他責」に流れるのは、「自己の成果」を客観的に評価できていない、また、しようとしない姿勢にひとつの原因があります。
そして、そういう姿勢は、しばしば経験豊富なプロやベテランと言われるタイプに見られがちです。
(p67より引用) 経験豊富な人にかぎって、よく、「わたしの経験では・・・」といった話し方をしますが、これはたいてい、「わたしにとってやりやすいやり方は・・・」とか、「わたしが正しいと思うやり方は・・・」という意味で使われるのです。
そしてうまくいかなければ、「顧客のせい」とか「特殊事情のため」というのです。
(p68より引用) プロといわれる人ほど間違いを犯しやすい面も実はあるのです。プロは自分の過去の経験やそれをとおして蓄積した専門的知識を過信し、自分をとらえ直すという視点をなかなか持てないからです。
芸の世界でも、一流の人は決して「芸を極めた」とは言わないものです。「まだまだ修行が足りません」「毎日が稽古です」といって、学び続ける姿勢を持ち続けています。
(p70より引用) 真のプロフェッショナルとは、過去の経験をその都度否定的に問い直すことのできる人です。
さて、最後に話題を大きく変えましょう。
昨今、消費者行動を対象にした議論において「行動経済学」的な論考が多く見られるようになっています。鈴木氏も「消費は『経済学』ではなく、『心理学』で考えなければならない」と語っています。
(p104より引用) 価値のある商品でも、置き場が違うと価値の伝わり方がまったく異なり、買われ方に差が出てしまうのです。
全く同じ商品でも、売り場を替えると売れ行きも変わる例は枚挙に暇ありません。
「コストパフォーマンスの良いお買い得商品」か「単なる安売りバーゲン品」か。商品の位置づけや価値を顧客に伝える具体的な方法のひとつが、「どの売り場におくか」ということだというのです。
顧客の購買心理を常に考えて商品の発注や陳列を行う、そういうきめ細かなPDCAの実践が、変化への挑戦をし続けるという一つの具体的な姿勢の表れです。