朝令暮改の発想―仕事の壁を突破する95の直言 (鈴木 敏文)
変化への挑戦
著者の鈴木敏文氏はセブン&アイ・ホールディングスの会長兼CEO。セブン-イレブン・ジャパンを創設した経営者として有名です。
その鈴木氏が、自己の経験に基づきこうあるべきという仕事に対する姿勢を「95の直言」として開陳したものです。
まずは、「変化」に対応するための要諦についてです。
変化の激しい時代においては、現状に止まることが「リスク」となります。
とはいえ、鈴木氏は拙速な対応を戒めます。
「変化の兆しを事実として捉え、それに間髪入れず対応し続ける」、そのための仕掛けが、POSに代表されるセブンイレブン自慢の情報システムであり、また、朝令暮改を認める柔軟な企業風土です。
また、鈴木氏は、「リスクへの挑戦」に関して、社内の反対を押し切って実施した高密度多店舗出店やATM積極設置等の施策を例に、次のように語っています。
顧客の認知度や利用頻度の「ティッピングポイント(爆発点)」を越えるためには、思い切った挑戦が不可欠との教えです。
こういった挑戦的な施策は、多くの場合、過去の延長線上の思考からは導き出されません。意識して従前とは違った視点・視座から物事を考える姿勢が求められます。
そういう姿勢を身につけるための「読書のヒント」です。
本を読むとき、重要と思うところに線を引きながら読む人がいます。
本を読む場合もそうですが、新たな情報を得るためには、常に頭の中に「問題意識」をもっておかなくてはなりません。
単にアンテナを立てているだけでは情報は受信できません。電源がONになっていないと受信機は機能しませんし、チューナーがないと望みの放送がキャッチできないのは当然です。
絶対価値
経営戦略を考えるにあたっては、いろいろなフレームワークが提示されていて、その中には必ず「競合」を対象とする議論があります。
競合との「相対優位」を追求するのが競争の本質だという有力な考え方もありますが、鈴木氏は、その論には組みしません。
鈴木氏が経営において最も重視する「絶対価値」の根源は「顧客のニーズ」です。「顧客のニーズ(=絶対価値)」の追求を目指してすべての企業活動を推進するのです。
経営を競争相手との戦いと捉えると、競合が増えることは「勝利へのリスク要因」です。しかし、鈴木氏の考えは異なります。「絶対価値」を追求していれば「競合はチャンス」となるというのです。
「絶対価値」を「顧客のニーズ」だと定義すると、「顧客」をどう位置づけ、どう意味づけるかという基本認識が重要になります。
「顧客」は自己の何らかのニーズを、商品やサービスの購入を通して具現化します。
「顧客の満足を満たすためにはどうすればいいか」を考え続けるのです。このときの立ち位置について、鈴木氏はこう語ります。
この指摘は、非常に重要な「視座の転換」だと思います。
「顧客のために」との考え方は、まだまだ「売り手」の立場からの発想に立っているとの指摘です。
「顧客の立場」に視座を移すことによって、はじめて「顧客目線」のニーズやウォンツに気づくことができるのです。
異口同音の箴言
本書で紹介されている数多くのアドバイスの中には、鈴木氏ならではといった独創的な切り口のものもあれば、世に氾濫する多くのビジネス本で言い古されている指摘もあります。
後者に属する指摘は、どんな企業でもみられる共通的な問題点であり、また、そうである所以は、現実には簡単には是正することができない現実を映し出しています。
たとえば「自責と他責」について。
不調の原因を他責に求めるのは世の常です。
「他責」に流れるのは、「自己の成果」を客観的に評価できていない、また、しようとしない姿勢にひとつの原因があります。
そして、そういう姿勢は、しばしば経験豊富なプロやベテランと言われるタイプに見られがちです。
そしてうまくいかなければ、「顧客のせい」とか「特殊事情のため」というのです。
芸の世界でも、一流の人は決して「芸を極めた」とは言わないものです。「まだまだ修行が足りません」「毎日が稽古です」といって、学び続ける姿勢を持ち続けています。
さて、最後に話題を大きく変えましょう。
昨今、消費者行動を対象にした議論において「行動経済学」的な論考が多く見られるようになっています。鈴木氏も「消費は『経済学』ではなく、『心理学』で考えなければならない」と語っています。
全く同じ商品でも、売り場を替えると売れ行きも変わる例は枚挙に暇ありません。
「コストパフォーマンスの良いお買い得商品」か「単なる安売りバーゲン品」か。商品の位置づけや価値を顧客に伝える具体的な方法のひとつが、「どの売り場におくか」ということだというのです。
顧客の購買心理を常に考えて商品の発注や陳列を行う、そういうきめ細かなPDCAの実践が、変化への挑戦をし続けるという一つの具体的な姿勢の表れです。