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「利他」の生物学 適者生存を超える進化のドラマ (鈴木 正彦・末光 隆志)

(注:本稿は、2023年に初投稿したものの再録です。)

 いつも利用している図書館の新着本リストで目についた本です。
 進化や生物の不思議については結構関心があるので、気になって手に取ってみました。

 著者の鈴木正彦さんは植物学者、末光隆志さんは動物学者で、お二人の共同作業で動植物の様々な “共生” の姿を紹介してくれます。
 興味深い話が多々ありましたが、その中から特に印象に残ったものをいくつか覚えとして書き留めておきます。

 まずは、第二章「ミトコンドリアと葉緑体を飼いならす」の章で紹介された「真核細胞とミトコンドリアの共生」の意義について。

(p53より引用) こうして起こったミトコンドリアの共生は、宿主細胞にとって画期的な出来事でした。いわば産業革命のようなものです。産業革命では蒸気機関ができて今までにないエネルギーを大量に得ることができるようになり、世界は一変しました。・・・このような革命的な変化が、ミトコンドリアとの共生によって宿主細胞にも起きたといえます。
 余剰エネルギーが大量に得られたため、進化における様々な試みが飛躍的に可能になりました。目に見えないほどの微小な細菌が、現在見られるような大型動物にまで進化できたのも、ミトコンドリアが共生して多量のエネルギーを産生できるようになったからです。

 ミトコンドリアとの細胞レベルでの共生は、生命の進化における “エネルギー革命” だったのです。

 もうひとつ、第四章「依存しきって活きるには」の章で紹介されたのは、深海の熱水噴出孔付近に棲む「チューブワーム」です。

(p100より引用) チューブワームのトロフォソーム細胞のなかには、硫黄酸化細菌が共生細菌として生息しています(細胞内共生)。硫黄酸化細菌は、硫化水素を酸化して得られたエネルギーでATPを合成し、それを用いて、二酸化炭素から炭水化物などの生体有機物を合成して増殖します。要するに、硫黄酸化細菌は硫化水素と酸素があれば生きていけるのです。硫黄酸化細菌が合成した有機物をチューブワームも利用するので、チューブワームは何も食べなくても成長することができるわけです。
 チューブワームは、口がなくても、エラから硫化水素や酸素を吸収できます。化学合成独立栄養生物である硫黄酸化細菌を共生させることで、チューブワームは従属栄養生物(動物的生き方)から独立栄養生物(植物的生き方)になったことになります。

 共生による「独立栄養状態」の実現 → 動物の “植物化”。とても興味深い話でした。

 そして、最後は、人間にとってとても有益な「細菌の利他行動」

(p167より引用) シアノバクテリアは葉緑体の話でも登場してきましたが、窒素固定能力のあるシアノバクテリアは、大気中の炭酸ガスから光合成で炭素化合物を作り、窒素分子から窒素化合物を作るという見事な離れ業を行う驚異の生物です。古い原核生物だからといって、決して侮ることはできません。彼らが生来持つすごい能力のおかげで、人間をはじめ、高等生物も生きていけるのです。
 地球上に存在する細菌は分類学上でも大きなグループを形作っており、我々が知っている細菌は全体の一パーセントほどで、残りの九九パーセントは未知であるともいわれています。地球上の未知の領域を隈なく探せば、もっと色々な能力を持つ細菌が見つかるかもしれません。

 葉緑体の炭素固定能力、根粒菌の窒素固定能力・・・、人類の科学は日々進歩しているとはいえ、まだまだ “未知なる生命力” には遥かに及びません。自ら生成できないのであれば、まずは、せめてこれらの生命の力をうまく活かすことに注力すべきです。
 自ら産み出しえない能力をもつ貴重な生命を絶やすのは、いとも容易いことです。地球環境を破壊し続けている人間がその愚を改めるに、一刻の猶予もないのだと強く思います。

 本書で紹介された宿主特異性を示す「共生関係」は “ひとつの生命体” としてのエンティティを拡張するもののようです。そして、そうやって拡がりを示す “共生生態系の連鎖” は、さらに大きな「生命体」を形作っていきます。

 「共生」というコンセプトを取り上げて、この「地球」という “私たちをも包含した生態系” を維持する重要性を訴えた本書は、地球環境保全が声高に叫ばれている今に相応しい刺激に満ちた良書でした。



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