「タレント」の時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論 (酒井 崇男)
(注:本稿は、2016年に初投稿したものの再録です)
以前、私が責任者を務めたコールセンタシステム構築プロジェクトでご一緒したアクセンチュアの方が紹介されていたので読んでみました。
まず、プロローグにおいて著者の問題意識が明確に示されています。
それは日本企業の衰退の要因を「人材」という面から改めて考察することであり、そのための視点を以下のように語っています。
ひと昔前、製品力、すなわち先進的な技術力と高品質・低価格の生産能力を強みに世界市場を席巻していた日本企業も、今では、多くの企業がその座から滑り落ち、生産設備の縮小等により有能な技術者が相次ぐリストラの波に飲まれています。
そういったリストラ対象となった生産技術のスペシャリストの方々の中には、こう語る方も少なくなかったそうです。
この最大のポイントである「売れるモノ」もまた以前とは大きく変化してきています。今日、生産工程における品質管理方法のベストプラクティスは世界的にも広く行き渡り、この工程での差異化はほとんどなくなりました。
現在の売り物は、企画・開発工程で創造される「設計情報」です。
iphoneの背面の刻印 “Designed by Apple in California Assembled in China” がまさにその動きを象徴しています。
さて、そうなると「情報創造労働」の担い手は誰かということになります。こういった「設計情報」を創り出す強力なリーダーシップを持つ人が重要になってくるのです。
本書のタイトルにもある「タレント」の登場です。
こういった「情報創造」を担うタレントはMBAホルダーでもなければ経営学の専門家でもありません。
従来の経営学においては、商品やサービスの「開発フェーズ」はほとんどスコープ外だったし、またそういった「創造」的能力を教育によって開発するという方法論自体も全く確立されていないというのが現状だとの認識です。本田宗一郎やSteve JobsがMBA教育から生まれるかと問えば、確かにそれは無理だとの回答が返ってくるでしょう。
著者はこの「タレントマネジメント」の失敗企業の例として、出井伸之社長以降のソニーを挙げています。
往年のソニーはタレントによる「情報創造企業」で、Appleのお手本でもありました。その点では、タレントマネジメントは日本発祥であったともいえます。
ただ、残念ながらそのタレントマネジメントは経営学の中で体系として整理されなかったと著者は嘆じています。それは本来、日本の大学の役割のひとつのはずでした。
現代の情報化されたネット社会では「転写」には何の付加価値もなくなっているのです。
ソニーとは逆に「タレントマネジメント」の成功企業だと著者が捉えているのがトヨタです。
トヨタといえば「トヨタ生産方式」が有名ですが、この力が発揮されるのは「売れるモノ」ができた後のプロセスにおいてです。
トヨタの凄さはその前工程である「(売れるモノの)開発」すなわち「設計情報創造フェーズ」においてもその基が制度化されていたのです。それはまさにタレント活用の仕組みでした。
主査は、開発される製品に対する全責任を負います。
トヨタでの主査はビジネスクリエーターです。
製造工程において大野耐一氏の “トヨタ生産方式” が生んだ資金を、開発工程を預かる長谷川龍雄氏の “主査制度” に投資し拡大再生産していくという循環プロセスが、現在においてもしっかり機能しているのが “設計情報創造企業” としての「トヨタの強み」の源泉なのです。
この主査制度を確立した長谷川氏は、主査の要件として「10か条」を記しています。その中で特に私が興味深く読んだのが、第九条でした。
なるほどですね。とても含蓄のある言葉だと思います。
さて、本書ですが、確かに紹介いただいたアクセンチュアの方の指摘のとおり、とても示唆に富む内容でした。
冒頭、紹介されている著者が勤務していたという研究所の様子をはじめとして、本書で触れられている多くのシーンに “既視感” を感じたせいもありますが・・・。