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型破りのコーチング (平尾 誠二・金井 壽宏)

グループ体験

(注:本稿は2010年に初投稿されたものです)

 著者のひとり平尾誠二氏は私より少し下の世代ですが、現役時代の彼のプレーには非常に強いインパクトを感じたものでした。神戸製鋼・日本代表のころはもちろんですが、FWに林・大八木、バックスに平尾が並び立った同志社大学のバランスのとれた強さは破格でしたね。

 その後も平尾氏は、監督として日本代表を率いる等ラグビー界で活躍していますが、その柔軟で論理的な思考は、マネジメントやコーチングの世界でも刺激的な知見を与えてくれます。

 本書は、「型破りのコーチング」というタイトルですが、その名のとおり、豊富なラグビー経験に基づいた平尾氏からの独創的な示唆・アドバイスがふんだんに盛り込まれています。
 そして、そういう多彩な平尾氏の言葉を経営学が専門の金井壽宏氏が受けて、そのエッセンスを純化・抽象化したり、さらに肉付けし発展させたりしていきます。

 さて、以下では、本書の中で私の興味を惹いたところをいくつかご紹介します。

 まずは、タイトルにもある「型」について。
 平尾氏は、基本としての「型」の意義は認めつつも、スポーツ現場の指導法を例にとりながら「型を過剰に重視すると成長の伸びしろが小さくなる」と語っています。型にとらわれない「無責任なパス」も必要との指摘は面白いものです。

(p29より引用) ゲームで必要なのは、状況を切り開くイマジネーションに富んだパスなのです。それには少々精度が落ちようと、ここだと思ったときに躊躇なく放れるある種の無責任さもなければなりません。

 もうひとつ、平尾氏と金井氏とのやり取りに見られたシナジー発揮の例です。
 平尾氏が「馴れ合いのチームワークは無責任さを生み出すだけ」だと「日本人のチームワークのよさ」について疑義を呈したとき、金井氏は、それを受け、ノースカロライナ大学のビブ・ラタネ博士が名づけた「傍観者効果」を紹介しています。

(p40より引用) 街中で心臓発作を起こした場合、目撃者が一人のときは81パーセントの人が救助に駆けつけたのに、その場に複数の人がいると救助してもらえる確率は31パーセントに下がったそうです。

 同様の心理状況は、恥ずかしながら私にも心当たりがあります。(もちろん、「心臓発作」の場ではありませんが・・・)
 こういう「傍観者」とならないためには、グループ活動における良質な成功体験が有効です。金井氏は、グループでの営みには良・悪、2つのタイプがあると語っています。

(p40より引用) 私はよく、よいグループ経験と悪いグループ経験という言い方をします。一人だったら思いつかなかったアイディアが生まれたり、個人の能力を超える創造的な結果が得られたりするのがよいグループ経験。個人的にやりたかったことがグループであるがゆえに阻害され、不満が残ったら、それは悪いグループ経験

 幼いころからたくさんの「よいグループ体験」を積むことが、常にチームとしての成果最大化を目指すというメンタリティを植え付け、そのための極く自然な“利他的行動”を起こさせるのです。

 日本では、こういう幼いころの「グループ体験」、いろいろな人たちと折り合いとつけながら行動する(触れ合う・ぶつかり合う・とことん話し合う・・・)といった場が急速に減っていますね。バーチャルな世界のゆるやかな結合では、この手の中身の濃い良質な体験は得られにくいものです。

リーダーシップ平尾流

 長年にわたるラグビーの選手・指導者としての経験から、平尾氏は、リーダーには「3類型」があるとの考えを持つに至りました。

(p7より引用) リーダーを三種類に分類して、それぞれを「チーム・リーダー」「ゲーム・リーダー」「イメージ・リーダー」と名づけ、リーダーシップは一人ですべてを担うより、この三タイプで共有したほうがよいとの考えを披露されました。
 また、チーム・リーダーには「見切り」と「仕切り」、ゲーム・リーダーには「仕組み」と「仕掛け」、イメージ・リーダーには「危うさ」と「儚さ」といった特徴があるとの説明も・・・うかがいました。

 平尾氏の優れた「コンセプト抽出能力」は、こういった説明にも垣間見ることができます。さらに、平尾氏はそのコンセプトを「切れのあるキーワード」で伝えていきます。そこでは、言葉によるコミュニケーション能力に重きが置かれます。

(p86より引用) 教えるとは、納得させ、行動を変えさせ、さらにその行動をこれから先もずっと続けさせることです。一人の人間にそれだけの変化を起こさせるためには、教える側の言っていることに心の底から納得してもらう必要があります。それを言葉でやろうというのですから、相当なインパクトのある表現でなければダメだということです。

 言葉は、人と人との間に介在し両者をつなぐものです。その意味では、人と人の関係性において意味をもつものといえます。金井氏は、この関係性というコンセプトから「リーダーシップ」の実存形態について、以下のように解説しています。

(p123より引用) 潜在的にリーダーシップを発揮しそうな人に対して、フォロワーがどのように感じるかというところに発生するのがリーダーシップという現象なのです。つまり、リーダーシップはリーダーのなかにあるのではなく、リーダーとフォロワーのあいだに漂っているといえます。

 この考え方によると、リーダーシップは、働きかける側(リーダー)だけでその影響力が規定されるのではなく、受け取る側(フォロワー)の条件によっても、大きく変動するものだといえるのです。

達人の言葉

 チームのパフォーマンスを向上させるための「コーチング」をテーマに、経営学者金井壽宏教授とラグビー界の異才平尾誠二氏が語り合っている本書ですが、あちらこちらに興味深い話が紹介されています。

 お二人は以前からも交流があるようで、注目もしくは私淑している共通の先達もいらっしゃいます。たとえば、編集工学を提唱している松岡正剛氏、元文化庁長官で心理学者の河合隼雄氏らがそうです。

 その河合氏から受けた「教育」についての示唆を平尾氏がこう語っています。

(p162より引用) 河合隼雄先生はかつて、教育には「教える」と「育てる」の両面があるのに、日本には「教師」はいても「育師」がいないと嘆いておられましたが、まさにぼくもそう思います。
 極端な言い方をすれば、やり方を教えるだけで質問はさせないのが日本の教育なのです。

 ただ、この点で強いて言えば、最近は「育師」のみならず「教師」も少なくなってきたのではないでしょうか。大村はま氏がいくつかの著作でも指摘されているように、まさに教育現場に立つ教師の「教える技術」の劣化は非常に大きな問題です。

 興味深い話の2つめ。金井氏による原英樹教授「バカなとなるほど-経営成功のキメ手」という著作の紹介です。

(p170より引用) 「バカなとなるほど」という部分を見て、最初は妙なタイトルをつけていらっしゃるなと思いましたが、理由を聞くと至極もっともなので感激しました。
 「バカな」と言われるような部分がなければ、他人がとっくにやっているはずだ、でも「なるほど」がないとだれもついてこない。だから優れたビジネスプランには「バカな」と「なるほど」の両方が必要なのだというわけです。

 この話は、主張されている内容はもちろんですが、ポイントを際立たせる「キャッチなキーワード」の例の提示としても有益です。

 さて、最後は平尾氏が語る「チームプレー」についてです。

(p187より引用) チーム競技の場合、そこにはどうしてもさまざまな連鎖が発生せざるをえませんから、そういうことを見越して自分の仕事に取り組まなければいけないと思います。
 だからといって、チーム競技は助け合いの精神が大事だなどと言っているのではありません。ほかのメンバーの助けをアテにするようなチームプレーは、はっきりいってまちがいです。
 では、チームプレーとは何かといえば、それはメンバー一人ひとりの責任の果たし合いにほかなりません。ですから、だれかのミスは別のだれかがカバーするのではなく、カバーの必要がある人間が一人もいない状態が究極のチームだといえますし、どんなチームや組織もそこをめざすべきなのです。

 「強いチーム」は主体的な「強い個」の集まりだということでしょう。
 まず、「強い個」をつくる、そして、そのそれぞれの個を共通の目標に向けて動機付け、動かしていく、こういうダイナミズムをもった「コーチング」を、平尾氏は本書で訴えているのです。



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