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大停滞 (タイラー・コーエン)

(注:本稿は、2012年に初投稿したものの再録です)

 2008年の世界金融危機後においても景気後退から抜け出せないアメリカ、著者は、その要因を“大停滞”というキーワードで説明を試みます。

 まずは、歴史を遡り、アメリカの経済成長を支えてきたのは、“容易に収穫できる果実”のおかげであったと指摘しています。「無償の土地」「イノベーション(技術革新)」「未教育の賢い子どもたち」の3つがそれです。

 そして、1970年代半ば、これらの要素が失われはじめた時期から、アメリカの景気拡大の流れは頭打ちになりました。
 こういったコンテクストの中で、特に著者が注目している要素が「イノベーション」です。

(p44より引用) イノベーションの主な対象が公共財から私的財に移行した。このひとことに、現在の“大停滞”を生み出しているメカニズムが凝縮されている。今日のマクロ経済の三つの主要な出来事―所得格差の拡大、世帯所得の伸び悩み、そして金融危機―はすべて、この現象の産物として位置づけられる。

 「無償の土地」「未教育の賢い子どもたち」といった要素は、今後大きな拡大は想定できません。イノベーションのみが、希望の光として残っています。
 しかし、このイノベーションも期待できるでしょうか。近年のイノベーションといえば、やはり「インターネット」です。インターネットの急激な普及により、人々の生活は大きく変化しました。しかしながら、著者は、その経済効果という点では疑問を抱いています。

(p80より引用) インターネットと過去の“容易に収穫できる果実”との間には、ほかにも大きな違いがある。それは、雇用を生み出す力の違いだ。・・・
 インターネット上でおこなわれている活動のほとんどは、過去の画期的なテクノロジーほどのペースで雇用と収入を生み出していない。

 近年のアメリカ経済で言われる「ジョブレス・リカバリー」の一因です。

 とはいえ、最終章において、著者は好転の兆しも見えてきていると指摘しています。新たな“容易に収穫できる果実”の登場の可能性です。

 まずは、「無償の土地」に対応するものとしての「中国やインドの発展」
 新たな労働力や消費者を生み出すものと大きく期待できるとともに、今後の教育・研究の充実次第では、イノベーションの担い手として台頭してくるの可能性もあります。

 二つ目は、「イノベーション(技術革新)」
 先に、インターネットの経済効果については疑問を呈していた著者ですが、教育・研究に対するインターネットによる貢献には注目しています。豊富な情報の共有が、新たな科学研究活性化のための媒体として機能するだろうとの指摘です。

 そして、三つ目は、「未教育の賢い子どもたち」に相当する部分。これは、「近年の学校教育の質の向上」です。

 これら第二の“容易に収穫できる果実”が得られるとするならば、経済は好転に向かうと、著者は楽観しているようです。

 さて、以上のような本線の立論とは別に、本書を読んで、私が気になったくだりをひとつ書き留めておきます。
 「経済状況と政治との関わり」について論じている第五章からの一節です。

(p89より引用) 過去40年、アメリカ人の大半は、政府に能力以上の過大な期待を抱いてきた。いま政府が十分に機能していない根本的な原因は、そこにある。過大な期待をされた政府は、自分たちの能力の限界を認めるのでもなく、国民の期待を抑制するのでもなく、国民を欺きはじめた。実際にはできないことまで、あたかも実行できるかように振る舞うようになったのだ。

 政府への「期待」は、アメリカは熱烈な支持であり、日本は楽観的な空気でした。そして、両国とも、現時点ではどうやら裏切られたということのようです。

(注:上記の投稿ですが、こういった論考を10年の時間の経過を経て読み直すと、改めて “将来を語る難しさ” を痛感しますね。
 アメリカにおける「イノベーション」の展望において、GAFAの躍進を予見できなかったのは、論者の洞察が非力だったのか、IT企業の成長が桁外れだったのか、どちらの要因によるのでしょう?)



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