
バカと無知 (橘 玲)
(注:本稿は、2023年に初投稿したものの再録です。)
以前聴いていたTokyo FMのpodcastの番組「未来授業」で橘玲さんが講師として出演したとき紹介していた著作ですが、その内容が面白そうだったので読んでみたものです。
かなり評判になっている本なので図書館での貸出の待ち行列が長く、手にするまでにかなりの時間がかかってしまいました。
刺激的なタイトルですが、内容も橘さんの主張がストレートに表明されていて思い切りの良さを感じますね。
それらの中から特に印象に残ったところをいくつか書き留めておきます。
まずは、“ほめて伸ばす子育て/教育” についての考察。「やっかいな自尊心」の項からです。
1970年代にアメリカ社会で “自尊心ブーム”があり、“ほめて伸ばす教育” が提唱されました。しかしながら、 近年の研究では、ほめる(=自尊心を高める)教育は学業の成績とは無関係だというのです。
(p124より引用) 自尊心の高さは成績にわずかに相関していたが、・・・これをわかりやすくいうと、「恵まれた家庭に生まれ育った賢い子どもは、学校でうまくやっていけるので、成績も よく自尊心も高い」のだ。
このようにして、「自尊心は原因ではなく結果」だという当たり前のことが科学的"に証明された。自尊心が高いと学業成績がよくなるのではなく、テストでよい点数をとることで自尊心が高まるのだ。
よくある “相関関係と因果関係のいたずら(混乱)” ですね。
もうひとつ、脳科学で考察された「記憶の仕掛け」について。
(p261より引用) 脳というのは「ニューロンの活動から生じる複雑系の動的ネットワーク」で、それ以上でもそれ以下でもない。記憶を保存しておくハードディスクやメモリはどこにもない のだ。
では、記憶とはなんだろうか。それは原理的には、ニューロン間の「つながりやすさ」と「つながりにくさ」の組み合わせでしかない。脳がなんらかの刺激を受けたとき、つながりやすいニューロンが発火し、つながりにくいニューロンは沈黙する。脳にはこれ以外の機能はないのだから、こうしてつくられるネットワークのある状態が、特定の 記憶を意識させると考えるほかはない。
さらに、解説は続きます。
(p263より引用) 記憶は特定の刺激によってその都度、脳のネットワーク内で再構成される。それ以外のときに存在するのはニューロンの痕跡だけだ。だからこそ、記憶が生成される瞬間に、それを生理学的に阻害すると、ふたたびその記憶をつくりだすことができなくなってしまうのだろう。
これは、記憶を呼び起こそうとするとき、何等かの刺激(電気・薬剤・視覚等)が与えられると、その影響が記憶内容を歪めてしまう可能性を指摘しています。
このような経緯で生まれる “虚偽記憶” が、「冤罪」やPTSD等の「精神疾患」の原因にもなっているというのはショッキングですね。
さて、本書、タイトルは「バカと無知」というかなり乱暴でなもので、読む前は(勝手に)昨今のSNS上の「炎上問題」や「フェイクニュース」といった問題を扱っているのではと思っていたのですが、それは見当外れでした。
「差別」「偏見」といった人間の感覚や行動を、脳科学や心理学・行動経済学的視座から橘さん流に解説した小文集です。
「週刊新潮」の連載の再録とのことで、テンポよく話題が展開するので取っつきやすい著作だと思います。