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ウェブ人間論 (梅田望夫・平野啓一郎)

 以前、著者のひとり、梅田望夫氏によるベストセラー「ウェブ進化論」は読みました。
 内容はかなりしっかりして大いに参考になったのですが、同じ著者の似たようなタイトルの本にはどうも手が伸びませんでした。

 が、さすがにずっと気になり続けていたので、今回ついに読んでみました。梅田氏と芥川賞作家の平野啓一郎氏との延べ16時間に及ぶ対談をまとめたものです。

 「ウェブ進化論」ほどの新たな知識の発見はなかったのですが、ジャンルの異なるお二人のやりとりは、それなりに興味深いところがありました。
 大きな話の流れは、どちらかというと平野氏が聞き役的に議論の切り口を提示し、それに梅田氏が呼応して対談が進むといった感じです。

 まずは、この手の話題ではお決まりの「検索」についての梅田氏のコメントです。

(p25より引用) 作家でもアカデミックな世界の研究者でも、知ってる、ということだけでは、もう威張れない。ネットの検索機能を利用すれば、誰もがその知識にアクセスできるわけですし、些末な知識は網羅的な知識の象徴ではなくて、たまたま知ることとなった一知識でしかない。

 さて、それでは、そういう状況になった今、どういった能力が必要となるのか?
 これについて、梅田氏は、「構造化能力」だと指摘しています。

 あと、本書の特徴である「バックグラウンドの異なる二人の対話」という観点で紹介したいのは、「ネットの世界での人間の変容」についてのやりとりです。
 平野氏がこう切り出します。

(p184より引用) この対談のテーマの一つとして僕が拘ったことなんですが、結局、身体性から切り離されたところで、あらゆる人間が活発に活動するようになったというのが、ウェブ登場による一番の変化なんだと思います。・・・梅田さんの言葉でいうなら「分身」をウェブの世界に放り込むような感じですね。そこから更に、そうしたアイデンティティからも切り離された「書き言葉」そのものが、匿名化されてダイナミックに流動化し始めたのがウェブ2.0以降なんでしょう。・・・
 人間の変容という観点に絞ってみれば、やっぱり多くの人が自分で自分を言語化してゆくようになった、というのが圧倒的に大きいでしょうね。その中で、自分が今までよりもよく分かったり、逆に自分を錯覚してしまったり、固定化してしまったりする。

 この「固定化」という点に対して、梅田氏はむしろ肯定的です。

(p185より引用) アイデンティティが固定化されると、同じことを考えている人との共振があって、趣味や専門の「島宇宙」化していって、そのコミュニティの充足を目指していく。さっきも言ったように、それを僕はかなり肯定しています。

 平野氏は、梅田氏の指摘を方向としては認めつつも、完全に腹に落ちきらない危惧を表明しています。

(p186より引用) そうした中で、人がただ自分のことしか考えなくなってしまう、自分にとって心地よいことにしか関わり合わなくなるという危惧は、やっぱりありますけど。

(ちなみに、この平野氏の危惧は、本書が出版されて10数年経った今、まさに現出していますね)

 最後に、本書を読んで、「おや、へー、そうなのか」と思ったところは、「グーグルの興味」についての梅田氏のコメントでした。

(p142より引用) グーグルというのは、戻ってきた個人情報を使うという発想が薄いんです。そういう心配をもっと上の世代の人たちはするんだけれど、若い彼らは、戻ってきた個人情報にあんまり興味がない。グーグルってそういう会社だと僕は考えています。俯瞰した情報空間の宇宙の構造みたいなものに強い興味があって、その構造化をもとに一人ひとりのユーザーを便利にしようという発想で動いていて、ユーザーの一人一人がどうかっていうことには、グーグルはあまり興味がない。だから逆に、Eメールに機械的に広告を入れるなんてとんでもない発想が、まったく興味がないからこそ、出てくるんだろうと思う。

 グーグルは、「途方もなく厖大な情報の構造化」に関心があるのであって、「個人ひとり一人のインサイト」については興味がないというのです。
 この点、グーグルが世に出し続けている「サービス」は、結果的には「個々人のインサイト情報」に係るものですが、それが産み出される過程は「個からの発想」ではなく「情報の構造化の追求の表象」ということかもしれません。

(ただ、この点も現在(2021年)ではかなり変わっています。グーグルは「個人ひとり一人のインサイト」をひとつの利益創出の材料に使っているのは明らかです)


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