李陵・山月記 (中島 敦)
以前からずっと気になっていて読もう読もうと思っていたのですが、ようやく読んでみました。
本書に収録されている4編は、いずれも中国の古典に材料をとったものです。高雅な筆致で、言葉を辿っていくだけでも心地よさを感じる文章でした。
4編の中で、特にテーマとして興味深かったのが「弟子」という短編でした。師たる孔子とその弟子子路の関係を幹とし、旅を続ける師弟たちの姿を子路の目を通して描き出した物語です。
排斥や迫害・襲撃を受けながらも、自らの役割を果たそうという確固たる意志をもって諸国を巡る不思議な一団。著者の孔子一行に対する好感の情が感じられる一節です。
さて、子路です。粗野ではあっても一本気な性格の子路は、まさに孔子を心から私淑しています。
子路は、孔子に絶対の真理を見ていました。しかし、とはいいつつも、子路の本性において、如何ともし難く理解できない師の姿もありました。
義に大小があるのか、大義のために小義を捨てることが、どうしても腹に落ちない子路の実直さを、孔子の言動と対比させて好ましく描いています。
もうひとつ、孔子の諫言に関する子路の複雑な心境です。
この子路の思いは、儒家の形式主義的傾向への素直な疑問の発露でもあります。
そして、この形へのこだわりは子路の本性が決して認めないところです。子路の子路たる所以は真直ぐな感性にあるのだと思うからです。