(注:本稿は、2013年に初投稿したものの再録です)
久しぶりに「生物学」関係の本を手にとってみました。著者は「棲み分け理論」で有名な今西錦司氏です。
本書は、今西氏の学究成果の中でも初期の代表的な理論を紹介した論考です。
加えて、本書は今西氏にとっては、大きな決心のもとに書かれたものでした。それは、拡大する戦火を前に、自らの足跡を書き留めておきたいとの思いでした。
今西氏の論考のスタートとなる世界観は、全てのものの“もとは一つ”というものでした。
この“もとは一つ”という基本コンセプトから、本書の前半では、生物と無生物あるいは生物と環境といった相互の関係性について哲学的論考にも似た思索が展開されます。
この環境も含めた今西氏の視座が「棲み分け理論」の源流ともなったのです。
今西氏の生物社会観は、階層的構造をイメージしています。
このあたりから今西氏の立論はますます「哲学的」になってきます。その論考の基本概念のひとつが「種社会」ですが、その説明の一部はこんな感じです。
この「種社会」が血縁的・平面的に発展したものが「同位社会」、さらに「同位社会」が分業的に拡大したのが「同位複合社会」であり、全体としての生物共同体は、こういった成り立ちで社会組織としての構造を備えていったとの説です。
こういった生物界の組織構造を前提に、今西氏は独自の進化論を展開します。
今西氏は、生物は「生活の方向」をもっていると考えています。生物はこの方向に向かってよりよく適応しようとするために変異が起こるというのです。
一般的な「自然淘汰説」は、ランダムに変異した個体のうちのあるものが生存競争の適者となり、変異しなかったものは次第に滅びていくという考え方ですが、今西氏は、種自身に環境とシンクロした変異の傾向が決まっていると考えるのです。
現在では、本書で提唱されている今西氏の棲み分け理論や生態学的進化論は広く支持されている学説ではないとのことですが、生物社会学ともいうべき科学哲学的著作としてはユニークで、なかなか興味深いものではありました。