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フリー〈無料〉からお金を生みだす新戦略 (クリス・アンダーソン)

ペニー・ギャップ

 以前から、「無料」で利便を享受できるサービスをフックに消費者を取り込み、別の仕掛けで利益を得るというモデルは存在していました。多くの場合は、サービスを継続利用する過程で、無料化のコストは結果的には回収されるような仕組みでした。

 近年、インターネットの世界になって、さらに新たな「無料モデル」が登場してきています。これら新たに登場したモデルは、そもそもの提供コスト自体が限りなく「0」であることを活用している点で、従来モデルとは異なったものです。

 本書では、様々な「無料化モデル」を紹介しながら、ビジネスにおける「無料(フリー)」の活用に示唆を与えようとしています。

 まずは、「無料」の影響力の強さについての解説です。ここでは「ペニー・ギャップ」というコンセプトが紹介されています。

(p81より引用) ほとんどの場合では、1ペニー(1セント)というとるに足りない値段がつくだけで、圧倒的多数の消費者の手を止めてしまうのだ。1セントははした金なのに、なぜそんなに強い影響力を持つのだろうか。
 その答えは、値段がつくことで私たちは選択を迫られるからだ。それだけで行動をやめさせる力を持つ。

 この力が、ジョージ・ワシントン大のサボ氏のいう「心理的取引コスト」です。
 このコストの影響により、多くの消費者(利用者)に少額の対価を払わせることで可能となる「マイクロペイメント」というビジネスモデルが成立し得なくなると、サボ氏は主張しています。

(p82より引用) たとえば、ウェブページの閲覧を1ドルに・・・するといった少額の支払いを可能にすることで、ビジネスを成立させようとする決済システムだ。そしてサボは、そのようなビジネスモデルはすべて失敗する運命にあると結論づけた。なぜなら、選択肢の経済コストをいくら最小にしても、認知作業のコストが残るからだ。

 サボ氏が推奨するのは「フリー(無料)」モデルです。

(p82より引用) いくらであっても料金を請求することで、心理的障壁が生まれ、多くの人はわざわざその壁を乗り越えようとは思わない。それに対して、フリーは決断を早めて、試してみようかと思う人を増やす。フリーは直接の収入を放棄する代わりに、広く潜在的顧客を探してくれるのだ。

 通常の需給曲線を価格「低」の方向に延長した場合、「いくら低くても有料」と「無料(フリー)」との間には、非連続のギャップがあります。質的な相違があるのです。

(p84より引用) 「価格がゼロにおける需要は、価格が非常に低いときの需要の数倍以上になります。ゼロになったとたんに、需要は非線形的な伸びを示すのです」
 コペルマンはそれを「ペニー・ギャップ」と呼んだ。

 消費者側の購買行動を惹起させる心理において「安価」と「無料」の間に大きな差があることは、私たちの生活実感としては非常によく理解できます。
 サービス提供者側の立場からの最大かつ解決困難な問題は、あまりにも当然ですが、「無料モデル」でどう利益を得るかです。

フリーによる価値の転化

 デジタル化により価格破壊が起き、さらに無料(フリー)のサービスが登場したことによって縮小・退出していったものはたくさんあります。
 その代表例が「百科事典」です。1セット1,000ドルを越す百科事典を全世界で大量に販売していたブリタニカは、1993年マイクロソフトがエンカルタという電子百科事典を99ドルで売り出したことにより大きな打撃を受けました。

(p174より引用) マイクロソフトは6億ドル以上も規模を小さくする市場で、1億ドルを売り上げました。・・・マイクロソフトは市場を縮小することでお金を稼いだのです。

 そして、現在は、無料のウィキぺディアが現れ、マイクロソフトはエンカルタの提供を打ち切りました。

(p174より引用) 現在のウィキペディアは巨大なうえに、無料で利用しやすく、ブリタニカよりも多くの人の生産性を上げている。だが、それは直接にお金を生まないだけでなく、ブリタニカの売上げを大きく奪った。つまり、直接収入という計測できる価値を縮小させて、私たちの集合知という計測できない価値を大きく増やしたのだ。
 これがフリーの成すことだ。十億ドル産業を百万ドル産業に変えてしまう。だが、見た目どおりに富が消滅するわけではなく、富は計測しにくい形で再配分されるのだ。

 「無料」にすることにより、より多数の人々が便益を享受できる、そして、その無料を実現するための「収入」は別の仕組みで確保するというモデルです。
 競合が無料化を武器に参入してきた市場のみを自社のビジネスドメインにしていた企業にとっては壊滅的です。

 さて、「フリー」のビジネスモデルでの難問は、この収入(あるいはお金に代わる何らかのメリット)の確保方法ですが、この点について著者は4つの類型に整理しています。

(p343より引用) フリーでないほかのものを販売し、そこからフリーを補填する「直接的内部相互補助」、第三者がスポンサーとしてお金を支払うけれど、多くの人々にはフリーとして提供される「三者間市場」、さらに、・・・「フリーミアム」という、フリーによって人を惹きつけ、有償のバージョン違いを用意するフリー。これらはあくまで貨幣市場でのモデルだが、フリーにはそれと異なる「非貨幣市場」があり、そこでは贈与経済、無償の労働、等々があると説く。

 これらの中で、著者が、特に重要なコンセプトとして紹介しているのが「フリーミアム」。

 フリーミアムとは、(繰り返しになりますが、)「フリー」(無料)と「プレミアム」(高額の有料商品/サービス)を組み合わせた造語で、無料のサービスや商品で多くのユーザーを集め、さらに高度な機能や特別な仕様などを有料サービスとすることにより、両者のバランスの中で利益を確保するビジネスモデルをいいます。別の言い方をすると「少数の有料利用者が多くの無料利用者を支えるモデル」です。

 このモデルの原始的なスタイルは、従来から無料サンプルの配布による集客といった形で存在していたものです。が、デジタルの世界になって、多くのユーザにサービスを提供するための限界費用が飛躍的に低下したことから、さまざまな活用方法が登場したのです。

 さて、本書を通読しての感想ですが、まず、デジタルの世界ではその限界コストの極小化による「フリー(無料)」への流れを押し止めることはできないとの主張は理解できます。

 問題は、その次です。
 そういった「フリー(無料)」といった大きな潮流のなかで、いかにして「新たなマネタイズモデル」を構築できるか、「選択と集中」なのか「多角化」なのか、どこに「儲ける」仕掛けを作り込むのか・・・、これは、まさに知恵の出しどころですね。



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