ビーツ!
ルピュイの道を歩く旅をしていた時のこと。
毎日フランスの田舎町に立ち寄り、そこで美味しいものを食べて歩みを進めていた私が楽しみにしていたのは、食後の最後に出るフランスのデザートや買い食いして食べるスイーツだった。
肉の次に甘いものが好きで、肉と米と甘いものがあれば生きていけるタイプの野菜に興味のない偏食主義者人間な私。はっきり言ってサラダはいらない。肉に葉っぱがついてくれば、お腹が空いていれば食べるが別に要らない。焼き肉屋でも焼き野菜やキャベツは頼まない。たたきキュウリかもやしナムルを頼んで、どうだ野菜を摂ったぞ、と誇らしげに生きているタイプである。
そんな私が、フランスのルピュイの道で、晩ごはんの最初に出てくるサラダの中で、心を奪われた食材がある。
それは、ビーツ!
庶民で純日本人の私は、お恥ずかしながらこれまでの人生で、ビーツを食べたことがなかった。そもそも野菜に興味がないので、しゃれた店に行ってもサラダを頼むこともないし、野菜らしきものがたくさん盛り付けられている料理を注文することもなかったから、ビーツと出会わずに生きていた。ビーツと知らずに通り過ぎていたかもしれないが、お前がビーツか、と認識したことはない。
今思えば、大昔のデートで、しゃれたフレンチでどパープルのパウンドケーキが一切れ出てきたことがあり、あれはきっとビーツだったのだろうと思うが、その時は何者か認識していなかった。
そのビーツが、ルピュイの初日の晩ごはんでサラダ的立ち位置で登場したのであった。
なんだ、この派手な食べ物は。赤カブか?
いつもは食べ物の好き嫌いが多くて、食わず嫌いもする偏食人間の私だが、旅先ではそんな自分は小さくなり、お腹が空いているという現象と好奇心がむくむくと大きくなって圧勝し、いろんなものを抵抗なく食べる。
どパープルのこの食べ物だけがサイコロ上に刻まれたものを、日本ではきっと食べずに避けると思うが、何の抵抗もなく食べてみた。
そして、びっくりした。
何これ、おいしい!
酸っぱく仕上げられている味付けだが、紫野郎自体がみずみずしくて甘かった。これってフルーツ?と聞くとビーツだと教わった。
こいつがビーツか。聞いたことはあるぞ。
確か野菜の名前だったはず。野菜を知らない私がぼんやりとそう思う。
ボルシチとかに入れるやつだよな。
野菜って刻まれて色んな野菜と混ざってサラダとして出てくるのが主流だと思ってたけど、このビーツのみで勝負に出るとはなかなかやるなあ。
フランスにはこいつが全面に出てくる料理があるのか、やるじゃないのビーツ、としびれたのがファーストインプレッションであった。
その後も、毎日のようにビーツが登場した。
ある時はルピュイの名産のレンズ豆と混ぜられたサラダとして。
ある時は酢の物のような形で。
ある時はスープとして。
ある時は、1回目の時のように刻まれてそれだけでボンっと皿に乗せられて。
こんなに毎日ビーツを食べる人生になるとは…、と遠い目でフランスの空を見る。ビーツはとてもおいしかったし、色がヴィヴィットで唯一無二だし、今日のビーツはどうやって出てくるのかな、と毎日の楽しみだった。
帰国してからビーツのことを思い出して写真を探してみたが、ビーツ料理は一枚も写していなかった。おそらく、ジットの仲間とみんなでいただきますする晩ごはんだったので、カメラやスマホで料理を撮る暇もないくらい誰かと喋ったり、チーズやビーツにかじりついていたからだと思う。
旅から帰ってきて、ある思い出深い出来事に関する写真を探してみて一枚も撮っていなかったことが分かる時、これまではがっかりしていたのだが、最近は、本当に楽しかった日や時間や瞬間こそ、写真を撮る暇もなかったり、撮ろうと思い至らなかったりするものだなあと感じている。
そういう訳で、フランスで食べたごはんの中で最も印象深くて大好きなものの代表と言えるビーツの写真が一枚もなかったことは、とても腑に落ちた。
先週、私の大好きな場所ルクアイーレの地下のキチマ(キッチンマーケットと言って略してキチマと言うらしい。海外の缶詰や紅茶など何でも打っている場所)でビーツを見つけて買ってみたのである。
キチマで買ったものの話ばかり書いている↑↑
大体私が食べるもので変わったものや洒落たもの、珍しいものはこのキチマかKALDIで買っている。夢の宝石箱だ。
ビーツはフランス産ではなく北海道産だが問題なし。
下ゆで済でこのまま調理できるらしいので、写真がない中、記憶を頼りにビーツを使ってフランスで食べた料理を思い出して再現してみることにした。
再現というほどの工夫はせず、そのまま出してセブンイレブンのツナサラダに添えて、酸っぱめのドレッシングをかけてみた。
うん。この味だ、ビーツ。
何となく甘くてジューシーで、皿がこの色に染まる感じは記憶にある通りだ。
今度は豆と混ざっていたあのミックスサラダに挑戦。
ファミマの豆のサラダを買って刻んだビーツと混ぜてみた。
そしてフランスだけにフレンチドレッシングと酢を混ぜてちょっとだけはちみつも入れるというオリジナルの味付け。(結果的に成功とは言えない)
味付けはよく分からないドレッシングとなったが、見た目はかなり記憶通りの豆とビーツのサラダになった。
まな板の上がかなり殺人現場になっていたから、ビーツを切ったらすぐにまな板を洗わないといけないのはメモしておきたい。
ホットサンドと添えて食べてみた。
パンにサラダを組み合わせるなんて、とんでもなくヘルシーな人間になったぞ、と感動で震えそうだ。
サラダをコンビニやスーパーで買うことなどまず皆無で、キャンプで何かに利用する時(食べるとは言わない、あくまで何かに利用して食べるのである)に買うか、ビーツと混ぜる時にしかサラダは買わない。
ローソンのからあげくんを年間1000個食べているとしたら、サラダは年間3つほどだ。
偏食も甚だしい。
だけど、旅の思い出を辿るためにサラダを買うってのもいいな。
旅で食べたサラダを再現して食べるってのもいいな。
再現と言ってもコンビニのサラダと混ぜただけなのに、サラダを買って食べただけなのに、自分で自分を褒めているし感心している。
そして、ヘルシーな女になった気分である。これまではミートリアンだったが、もしかすると時々ベジタリアンと名乗ってもいいかもしれない。
ビーツに感謝である。
なんと!
巡礼者用のワインボトルの写真をよく見ると、ワインボトルの向こう側に、ティエリが食べ残しているビーツを見つけた!
しば漬けだと思って見逃すところであった。
そう、こんな感じのビーツだけヴァージョン。
旅先でいろんなものを食べてみることは、日常に少し良い影響をもたらすし、役に立つ。時々だけど。