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短編小説「卒業式のホームルーム」

この小説はシロクマ文芸部のお題小説となります
小牧幸助さん
どうぞよろしくお願いします


「三月になり、一度別れたらもう二度と全員が揃うことない」
というのが、担任の山内先生の口癖だった。
50過ぎなのに昇格試験も受けず、もう何度も三年生を、高校から送り出しているのだろう。

「先生は少し寂しい。卒業してわずか2年後の成人の日でさえ、
来賓として何度も出席したが、全員が揃うことは、今までに一度もなかった。だから、この3学期の3週間だけが3年D組に残された時間だ。
その間だけでもクラス一丸となって受験に立ち向かおう。余裕のあるものは、掃除を変わるとか、日直を交代するとか、思い合ってやっていこう」
1人だけ浮いた感じで、始業式のホームルームを終えた。

たしかに2月になれば私立の受験が始まり自由登校となる。
また今月の末にはセンター試験もある。
全員が顔を合わせられるのは、あと少しなのかと、みな実感した。

「あれってさ、この3週間で俺たちに何かやれってことなんじゃない?」
クラスで一番お調子者の井上聡がそう言った。
「バカバカしい。こっちは受験で頭いっぱいだし、受験って個人の問題で体育際でもあるまいし、クラス一丸ってバカっじゃないの山内!」
いつも、はっきりとものをいう佐藤信子が言い返した。

すると、委員長の高橋壮太が立ち上がって、
「みんなでさあ、200字くらいのお礼の言葉を書いて、それにシールとかそれっぽく貼って、冊子にしたら、卒業式にそれを渡すくらいなら、できるような気もするけどね」
と発言すると、少し間があいて、
「そうよね。学校推薦やスポーツ推薦の人もいるし、私立が本命なら2月中旬で決まっちゃうし、3月3日までならなんとかなるわよね」
副院長の中川玲奈も賛成の意向を示した。

「じゃあ今日からセンター試験までの3週間で、感謝とかお礼の言葉を書いて・・・」
そこまで言って、高橋はちょっと考えて、
「誰がまとめ役が2人くらい欲しいよね。出来る人いる?」
とクラスを見回すと、
学校推薦の試験が12月にあり、もう入試が終っていた武本加奈が、わたしがやるよと手を挙げた。
「美術好きだし、1人でも大丈夫だです。字は下手でも自分の字が良いと思うので、今日の帰り100均によって、それっぽい紙をさがして明日配りますので、とにかくセンター試験までに原稿をよろしくお願いします」
中には気乗りのしない人も数名いたが、多数決であっさり決まった。

次の日、加奈は100均で買った、B5の50枚入りコピー用紙をひとりひとりに配り、
「まだ10枚残っているので、もし失敗したら交換しますが、10枚までですので、そのつもりでお願いします。イラストとか似顔絵とか自分で入れたい人は、自由に書いてください。もし入れたいけど書けないという人がいたら、わたしが書きますのでイメージ画のようなものを持ってきてください。期限は、センター試験の前日23日の金曜日までになるべくお願いします」
高橋壮太が立ち上がり
「すべて武本さんもちというのは悪いので、皆さん手紙を渡すときに彼女に50円渡してください。これは僕と中川さんが話し合って決めました、40人分2000円あれば、なんとかなるということなので」

原稿は思ったより順調に集まり
加奈は自由登校になってからも学校に出てきて作業をした。
ほとんど手を入れることもなく、それぞれの個性の詰まった40枚が集まった。ただイラストのリクエストのある幾人かとは連絡を取り合い
確認作業をしなければならなかった。そのため学校にいた方が良いだろうと考えたのだ。

加奈はこの仕事を引き受けたことで、これと言って目的の無かった大学での勉強に、ひとつ夢が出来たように思えた。編集の仕事ができる、雑誌社や新聞社で働いてみたいという夢だ。
誤字はないか、バランスはいいか、空白が多いと感じたらシールを貼ったり
蔦枠を付け加えたりしながら。充実した2月を過ごした。
最後は表紙だけである。
これは厚紙にジーンズの布地を貼る。
厚紙は家にあったものを使い、布は中古の服屋さんの子供用のジャケットを使った。その上に「お世話になりました」と和紙に書き、
さくらの切り絵をを添えた。

3月3日卒業授与式は午前9時から体育館で始まった。まだ行き先の決まっていない者もいたが、今日はそのことには触れず、みな胸に花をつけ、ひとりひとり校長先生から卒業証書をいただいた。

国歌、仰げば尊し 校歌が歌われ授与式はつつがなく終わった。
在校生に拍手され、それぞれのホームルームに戻った。

山内先生は、いつになく赤い目をしており、
「花粉症がひどくてすみません」と保護者に謝ったが、感極まって泣いたのだと生徒たちはみな分かっていた。

ここからがこの学校の伝統である。
最後のホームルームは、各人が卒業に際して、自分お思いを語る時間でである。持ち時間は2分。それでもゆうに1時間半はかかる。お昼には終わらないだろう。どうせ泣き出したり、将来の夢を滔々と語りはじめる者が出てきて、持ち時間はないのも同じである。

それでも最後の者が終り拍手が起った時
山内先生の顔はもう涙でぐしゃぐしゃだった。

その時、高橋が起立と叫び、クラス全員が一斉に立ち上がった。
そして中川と加奈が、山内先生に、この1年お世話になりありがとうございましたと言いながら出来上がった冊子を手渡した。
後ろからみなも同時にありがとうございましたと言い礼をした。

保護者の代表から花束も送られた。
山内先生も保護者たちも、もうみんな泣いていた。

これこそが、3年D組の考えたクラス一丸である。

山内先生は、〆の挨拶をした
「君たちは僕が担任する最後の生徒です。僕は来年から教務主任と進路専門の部署に移り、担任からは外れることになりまた。最後の生徒が君たちで良かったと本当に思います。三月にこんなに泣かされたのは初めてです。こちらこそどうもありがとうございました」
と、いつまでも泣きながら、長い間頭を下げていた。

ヘッダーはkosuketsubotaさんの写真です
どうもありがとうございました<(_ _)>


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のり
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