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#青ブラ文学部 ショートショート冬の香り

この記事は山根あきらさんのこちらの企画に参加する記事です
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悠馬と初めて会ったのは、
大学1年の10月半ばのことだった。
悠馬はと俊哉はともに大学3年生。

田舎から都会の大学に出てきた圭奈は
入学式の日からずらりと並ぶ
サークル勧誘の看板や呼び込みを
ただ俯いて
逃げるように通り過ぎる二カ月間だった
妙な明るさとテンションの高さが
ただただ怖かった

前期の試験もおわり
キャンパスがすっかり静かになったころ
長尾悠馬と田中俊哉の2人だけが、図書館の前で
第二文学部のサークル勧誘をしていたのだ。

「国文学部の学生さんだよね」
悠馬からそう声を掛けられた。
圭奈が困ったようにしていると
「僕らは経済学なんだけど、
文学に興味があって現代文学と文学概論の授業を受けてるんだ」
「はあ、そうなんですか!」
それが自分と何の関係があるのかと
2人の間をすり抜けようとしたが、
それを遮るように今度は俊哉が話し始めた。

「僕たち文芸部から独立して、この秋第二文学部を作ったんだけどね。
部員が5人以上欲しいだ。君いつも最前列で熱心に講義聞いてるよね。文学好きなんでしょ?」
どうよと言いたげな表情だ。
「部活とかサークルとかわたし興味がないんです」
わざと圭奈が強めにが言うと、
「そうじゃなくて、授業ではできない読書会や創作活動なんかを
週に2度、新館の教室を借りて、
まじめに文学に取り組もうって話なんだ」
と必死な顔でまくし立てるので、
今度は悠馬が取り繕うように言った。
「そうなんだ。ただ名前さえ貸してもらって学校で認められたら
同人誌とか出すときに色々融通が効くんだよ。補助金ももらえるしね」

ああ~この人たちは困っているんだと、圭奈の心が少し動いた。
「それで、今部員さんは何人なんですか?」
「今僕たちと2年生の池内直哉君がいるんだけど」
「じゃあ、まだ足りないじゃないですか?もしわたしが入ったとしても」
2人の目の色が変わった。
「もし君が入ってくれるのなら、
絶対僕らがもうひとり女の子を勧誘してくるから」
この人たちは根が真面目なんだ。
女子部員が1人だと都合が悪いと考えられる人たち。
「火曜と金曜の5時から8時くらいまで新館3階6号室でやってるから、一度だけ試しに見学来てください」
2人して頭を下げながらビラを渡された。

実は圭奈も寂しかったのだ。
同じ高校から通うのは経営学部の男子が2人だけだ。
どちらも地元の呉服屋の跡継ぎで
仕事は決まっていて、
自分の受け継ぐ店に箔をつけるためだけにこの大学に通っていた。

自分はいったい何のために
この大学で国文学を習っているのか
どうして親や担任の言うことに耳を貸さず
あんなに頑なだったのか?
分からくなっていた。
雑誌社や新聞社に入れるのは一部の難関大学生だけ。
二流大学を出ても
図書館司書か国語教師にしかなれないのだ。
それもなれないかもしれない。

部員は年末までに5人になり、半年に一度の同人誌刊行が目標になった。
2人が卒業するまでに二冊の同人誌が出せることになる。

悠馬は高橋源太郎さんが開く小説セミナーに通っており
自分の小説に自信があるらしい。
俊哉は父親の影響で中学生から句会に通っていた
かれは酒屋の跡継ぎだ。
人付き合いとして句会や茶会によく出席しているそうだ。
住む世界が違うと心底思った。

第一文学部がただのお遊びの会で、同人誌の発行もしないので
業を煮やした二人が、
新しく第二文学部を作ったという成り行きだった。

2年生の池内君は社会学科の学生で
地元出身の柳田邦夫の研究論文を書くともう決めていた

最後に入ったのは経済学部の1年生の佐伯竣くんで
大学生活に関するエッセィしか書けないということだった。
彼も岡山山間部の田舎からきたので
そのカルチャーショックをエッセィにしたいようだ。

それで圭奈は詩かメルヘンを書いて欲しいとの要望が来た。
自分も小説が書いてみたいと思ったが
素地のない自分にはあまりに時間がなさすぎる。
メルヘン的な感覚のない圭奈は
高校の時に習った佐藤春夫と高村幸太郎の詩集を買って
詩を書いてみることにした。
できれば2編書いて欲しいと無茶ぶりだった。
こんな風に12月は夢が膨らむ月になった。

圭奈と悠馬が付き合うようになったのは
新歓と忘年会を兼ねた食事会が梅田の居酒屋で開かれた夜からだった。
悠馬は随分お酒を飲み上機嫌だった。
「同人誌が文芸春秋に取り上げられれば
芥川賞の候補にもなれるんだよ!」
もう取り上げられる体で話しているのがおかしいくて仕方なかった。
男って単純だなあと思ったが、その単純さが好きだと思った。
自分とは正反対で、夢に向かって一直線なのだ。
圭奈はいつも行く道を間違える。

悠馬と結ばれたのは圭奈の20の誕生日だった
おそらくそれまで待っていてくれたのだろう
ちょうど同人誌が出来上がり
文芸春秋や地元の新聞社に配りきった後だった。
「国会図書館も送ったから僕らの作品は僕らが死んだ後もずっと残るんだ」
悠馬はいつも饒舌だった。
こんなにしゃべる人は小説家には向かないと圭奈は思った。

3が月後の8月の終わり
結果が来た
文芸春秋の文芸誌評に悠馬の小説は取り上げられることはなかった。
3年生になった池内君の柳田邦夫の研究論文はよくできていると評され
文芸誌「六甲の風」は一応取り上げられた。

悠馬は9月からスーツを着て、就職活動を始めた。
自信満々だったので、かなり気落ちしたようだ。
読書会にもあまり顔を見せないようになった。
俊哉の話では金融関係を目指しているらしい。

内定が取れたと顔を見せたのは12月の半ばだった。
金融関係は無理で、建設会社の営業職に決まったそうだ。

その日は、これからの第二文学部の話になった。
池内君が部長になり新一年生を勧誘することにするか?
2人が抜けるのでここでけじめをつけるかということだった。
池内君が荷が重いというので、第二文学部は閉めることになった。
わずか1年のささやかな夢だったが、圭奈にはいい経験になった。

その後、悠馬に誘われ
いつものホテルに行った。
その日悠馬から
採りたてのみかんの皮をむいた時のような
甘酸っぱい匂いがした
それは整髪料の匂いだった
学生から社会人になったあかしだ。
圭奈は抱かれながら、
きっとこの人は今日で終わりにしたいと言うだろう。
圭奈もそれでいいと思っていた。

どうせ自分も大学を卒業すれば田舎に帰る
恋などできないと思っていた自分を
Ⅰ年間も必要としてくれた人がいた。
それだけで十分幸せだと思えたのだ。

あれから6年が経った
圭奈は田舎に帰り、結婚し息子も生まれた。
蜜柑をむくたび悠馬の整髪料の香りを思い出す
誰にも話していない圭奈の冬の香りだった。


イラストは
pasteltimeさんからおかりしました
ありがとうございました

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のり
この度はサポートいただきありがとうございました これからも頑張りますのでよろしくお願いします