見出し画像

ショートショート「甘いもの」

この記事はシロクマ文芸部のお題小説です
小牧幸助さんよろしくおねがいします

懲りない人たち


甘いものを無糖コーヒーと一緒に注文して
恵子は文芸春秋に掲載された芥川賞を読んでいた
今日の甘いものはチョコレートマフィンだった

文芸春秋を買うのは候補作5作品の中から
どういう経緯でこの作品が選ばれたのかを知るためだ
今を知り、選考員の顔ぶれを調べて
初めて作戦が練れるというものだ
敵を知り、己を知らば百戦危うからずなのだ。

恵子には誰にも口外していない秘め事があった
それを言うと、おぞらく自分の周りから
数少ない友が、みなが引いてゆくことを知っていたからだ。

黒田夏子さんという作家は
55歳まで普通の主婦で
息子さんからボケ防止のために小説教室にでも通ってみたらと言われ
12年後に75歳で芥川賞をとっている。
恵子にとって、その年齢までまだ10年近くある。

それまでは、諦めるもんかという気概が生きる支えになっている。
敵わないことは重々承知だが
でも75歳までは小説を書いてみようという
ひとつの支点にはなる。
そこをすぎれば、普通のおばあちゃんになれるかも?

そんな馬鹿々々しいことをぼんやり考えていて
ちっとも読書の方は進すまない
甘いものを口に入れながら・・・
ただ空想の世界で漂っているだけなのかもしれない。

突然ドアベルがちりんと、鳴って、
一人の老人がカフェに入ってきた。
色とりどりのチューリップを抱えていた
奇麗だなあと単純に恵子は思った。

その老人は歳の頃は75歳くらい
身長は高く、体も引き締まっている
白髪にコートと同じ色の帽子をかぶり
ベージュのコートの襟からバーバリーの襟巻が見えた
若く見える
とにかくお洒落だ
こんな田舎にはいないタイプの人だ。

こちらには目をくれず
カウンター席のママの前に座り
花をお店に飾ってくださいとユーリップの花束を差し出した

「どうもいつもすみません」と
ママは少し困った顔でその花束を受け取った。
何で困っているのだろう
こんな紳士からの贈り物なら、わたしなら喜んで頂くのにと恵子は思った。

「コーヒーをお願います」
しばらく考えて、
「それと、何か甘いものはありますか?」
とその男性が尋ねた。
「さっき、お客さんのモーニングのために焼いた
マフィンがありますけどお出ししましょうか?」
と、ママが尋ねると、
「いや!違うんだ。そんな甘いものじゃなくて
僕が欲しいのはママさんの可愛いくちびるなんだ!分かっているだろう?」
そう言って、その老人は高々と笑った。
ママはきっぱり言った!
「他のお客様もいますから、そういう冗談は困ります」
「冗談じゃないんだけどね。お互い独身だし」
今度は少し小さな声でその男は言った。

恵子は思った
この男も、まだ何かを諦めれられないんだなあと。
たぶん、近々、この町はこういう後期高齢者ばかりになるのだろう
長く生きるのも大変だとつくづく思った。

小説の続きは家で読もう
それにしても安藤ホセのDTOPIAは読み難い
こういうのがいいのか、ついてゆけるかしら?
でも鈴木さんのは大丈夫だ
なんたって丸谷才一が出てくるのだ。23歳なのに・・・
いや!これはこれで末恐ろしいかも?
この若さで丸谷を知っているということは
物凄い読書量ということになる。
やはり両極端でなければならないのかしらねえ。
恵子はそっと500円硬貨をカウンターにおいて
カフェを後にした。

この後ママさんが嫌な思いをしなければいいがと思いながら・・・

外に出ると、早春の優しい日差しが恵子を包んだ。


#シロクマ文芸部
#小牧幸助さん
#恋愛小説が好き
#掌握小説
#短編小説


いいなと思ったら応援しよう!

のり
この度はサポートいただきありがとうございました これからも頑張りますのでよろしくお願いします

この記事が参加している募集