烈空の人魚姫 第4章 策動のアトランティス大学 ⑨帰還
呻き声が止んだ。
「あ、なんか声が止んだぞ。今のうちに様子を見に行ってきて」
カケルはそういうと研究室前のサンゴの柱の後ろに隠れる。
フレイム1号はゆっくりと薄暗い廊下奥に向かって一定の速度で静かに進み始めた。
廊下奥から聞こえて来るウィィィンという機械音ーー
その音は研究室前で怯えながら待機するカケルのところまで響き渡ってくる。
それ以外の音声は無音だった。
しばらくすると無事フレイム1号は廊下奥で回転し引き返してカケルの元まで戻って来た。
フレイム号は首を傾げる。
『セイタイハンノウハケンチサレナカッタヨ』
「いや、幽霊だったら生体反応なんてないはずだから・・・」
カケルは軽く突っ込みを入れ少し安堵した。
「ひとまず、何もいなかったんだね」
(じゃああの呻き声は何だったんだろう)
イロード学長もいつの間にか研究室の中に入ってしまったようだーーーーアトランティス大学の人々にとって幽霊は大したことのない存在ということなんだろうか。
由緒正しい歴史のある深海の大学ならおかしな亡霊の一人や二人住み着いているのかも知れない。
カケルは恐怖もあり、無理やり納得することにした。
『カケル君ー、ごめんー寝てたー』
満堂君の声が聞こえてきた。
どうやら地上は朝のようだ。
「いいよ。結構手掛かりは掴んだと思うし。あとで報告するね」
『さっきの変な声なんだったの?』
睡眠から覚醒間近の満堂君の耳にも聞こえていたらしい。
「幽霊、らしいよ」
さっき怯えていたことを棚に上げて事もなげに話すカケル。
『うへえーー、無理無理!!なんか映像残っちゃってるんじゃないの、やばいよ』
満堂君はオバケが苦手だったようだ。
確かにフレイム1号のレンズを通した光景は全て録画されている。
廊下奥の映像も残っているかも知れない。
フレイム1号は生体反応はなかったというが、まさか映像に何か写っていたりして。
カケルは思わず背筋がぞわっとなる。
研究棟を出て、広場の闘技場の方まで戻ってきたカケルはこの辺りから地上への帰還準備に入りはじめる。
「とりあえず、充電も残りわずかだと思うから一旦帰るよ」
藍澤博士が用意したシンクロシステムの操作はシンプルで、カケルが「フレイム1号、浮上」命令し、満堂君がパソコンのエンターキーを押すだけで帰還できる。
バブルに関する手がかりをかなり掴んだと思うのに、名残惜しさもある。
ダイオウイカ先生も見つかっていないし。
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その時だった。
『君、君!』
カケルは呼び掛けられて振り返る。
そして一気に頭の天辺から爪先まで警戒信号が駆け巡る。
大きな槍、アクアマリンのショートヘア。そして鎧に身を包んだーーー
「すっ・・・」
スランバー!!!
なんてことだ。あともう充電が残りわずかだって時にーーーー
鎧の人魚、スランバーがカケルのすぐ目の前に立っている。
驚いて固まるカケルを不思議そうにスランバーは見つめる。
『その探査ロボット•••無人探査機だよね。君って、もしかしてカケル?バブルの・・・』
「へっ・・・あっ・・・まあ・・・」
カケルは声にならない声を上げる。
奇妙なことにスランバーは鎧を着ていることは変わりないが、海底メトロリュウグウラインで遭遇した時と打って変わっておっとりした雰囲気を纏っている。
『わあ、嬉しいな。変わった無人探査機がいたから、もしかしてって。まさかカケルに会えるなんて思わなくて思わず話しかけてしまったよ。私、スランバー。バブルの友達でね。バブルがいたら今ここにいたら喜ぶだろうに・・・・』
そういうとスランバーは切なげに視線を下に落とす。
少し哀しげに見えるのはバブルが大学を辞めてしまったからだろう。
目の前にいるスランバーはどこにでもいる普通の大学生に見える。鎧を着ていること以外は。
鎧を見ていることに気がついたのかスランバーは笑う。
『あはは、この鎧は水圧の強い深海域にも行けるように纏っているんだ。バブルのいるリベルクロスに行きたくて。私バブルに悪いことをしてしまったと思う。だから大学も辞めることになって・・・でもなかなか私の体力では鎧を纏っても8000m付近までが限界でさ』
(一見穏やかだが、油断したら襲いかかってくるかも知れない・・・)
カケルは緊迫しているせいかスランバーの言葉があまり頭の中に入ってこなかった。
「もしかして・・・スランバーは双子だったりする?その•••こないだ、僕ら会ったような気がするんだけど」
思わず疑問を口にしてみる。いきなり話題が変わったからかスランバーは少し驚いた顔をする。
『へっ?いや、君とは初めて会ったと思うよ。あと私は一人っ子だけど・・・何で?』
「えっと、あ、そう・・・・」
『カケル君、まじで充電やばいよ!早く』
満堂君が珍しく急かしてくる。相当もう充電が残りわずかなのだろう。
『今の男の人の声ってこの無人探査機から??すごいな、地上から通信も出来るんだね』
スランバーは興味深そうにフレイム1号をまじまじと見つめる。
本当にこのスランバーに他意はなさそうだ。
「ごめん、また今度」
今度遭遇する時はこのスランバーでありますように。
「フレイム1号、浮上だ」
カケルが言うとフレイム1号の照明が一段と強くなりカケルを包み込んだーーその瞬間カケルの視界は深海に潜った時と同様ぐにゃりと歪む。
眠るように意識はゆっくりと薄れていった。
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