烈空の人魚姫 第5章 ダイオウイカ研究室の謎 ④そして誰も
ドボンという音をたて、水中ロボットフレイム1号が海に投入される。
フレイム1号と同期したカケルもまた意識を深海に沈めていく。
これで3度目の同期だ。
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アトランティス大学までやってきたカケルは、早速ダイオウイカ研究室を探す手間が省けることになる。
アトランティス大学の正門を抜け、闘技場のある中央広場までやってきた。
一番左奥の棟はこの前行ったイロード研究室のある研究棟ーーそのためカケルは今度は向かって右手前の棟から調べてみることにした。
いくつかの講義や実験風景を眺めたあとダイオウイカ先生がいないことを確認し、右手前の棟を出る。
次から次に右側から奥に向かっていくつかの棟を入るも空振りーー
「やっぱりいない。食料でも調達しに出かけてるのかな」
カケルはそう言ってフレイム1号とともに建物の前に置かれたベンチに腰掛けることにした。
ふと、イロード研究室のある左奥の棟の向かいにある右奥の棟の前にあるベンチに座っている白衣姿の大学生らしき姿が目に止まる。
近づいてみると、深海魚の学生が虚な目でやや斜め下に視線を向けたまま項垂れていた。
カケルは少し距離を空けるようにして同じベンチに腰掛けてみる。
『ーーアトランティス大学の七不思議って知ってる?』
沈黙していた白衣の深海魚が突然話しかけて来たのでカケルはびっくりして固まってしまった。
「うーん、イロード研究室の壁の幽霊とか?」
カケルは思いついたまま答える。
というよりそれしか知らないのだが。
『それは知らなかったな•••僕が知ってるのはダイオウイカ研究室の方さ』
カケルははっとして深海魚を見つめる。
白衣の深海魚はなおも虚空に目を向けたまま、まるで処刑前のように蒼白になった顔をさらに曇らせた。
(やった!ダイオウイカ先生の居所を知ってるなんて潜航開始から早々ラッキーだ!)
心の中でガッツポーズをしながら、何故だか深刻そうな学生の調子に合わせて様子を伺う。
「君はダイオウイカ研究室所属なの?」
カケルが身を乗り出して聞くと、白衣の深海魚は口元をひきつらせながら薄く笑みを浮かべた。
『ああ、まあね。今年で4年生でダイオウイカ研究室に入るところなんだ。ダイオウイカ研究室はなかなか卒業出来ないことで有名でねーーー卒業認定が厳しいというより、一度研究室に入った者は行方不明になってしまうって噂があってさ。それがミステリーなんだ。去年研究室に入った学生も全員いなくなってしまって。今年のダイオウイカ研究室はガラガラだって聞いてるよ』
「えっ、全員がいなくなったの?」
『そう、教職員も学生もーー誰もいなくなったのさ』
そういうと白衣の深海魚は身震いする。
カケルは昔ダイオウイカ先生が助手をやけに探していたことを思いだした。
ひょっとしてあの頃からダイオウイカ研究室のミステリーは存在していたのだろうか。
「助手もいないんじゃダイオウイカ先生も大変だね」
『ああ、ダイオウイカ先生は海底に落ちて来る地球の生命体が生み出した記憶ーーー【記憶のカケラ】を誰でも読めるように本に変換する魔法を発明した偉大な方だから多忙なはずだし、一人で研究しないといけないのは大変だと思うよ。僕自身微力ながら先生の力になりつつ、卒業研究を完成させたいんだ。でも』
微かに明るさが戻っていた表情がまた暗くなる。
『どういうわけか悪寒がしてね。研究室に入る前にこうして休憩を取っているんだ』
「確かに学生たちが消えるミステリーがあるなら研究室に入るのは勇気いるよね」
カケルはそう言うと、白衣の深海魚は突然閃いたように目をぱっと輝かせる。
『あっ、そうだ!君も一緒にダイオウイカ研究室に入ってくれない?一人じゃちょっと心配だけど一緒に入ってくれるなら安心だよ』
「いいよ、ちょうどダイオウイカ先生も探してたし」
カケルは快諾した。
学生や研究者が消える謎は気になったものの、せっかくダイオウイカ先生に会えるのだからちょうどいいやとカケルは思った。
『ありがとう!ありがとう!』
まるで命の恩人に礼を言うかのように深海魚はカケルの手を握る。
『僕はナナイロゲンゲのポルポル。よろしくね!いや〜本当言うと一人で入るのすごく心細かったんだ。僕には故郷で僕の帰りを待っている家族がいてね・・・なんとかこの大学を卒業したら地元に帰って、ここで学んだことをベースに故郷に貢献できないかと思ってるし、変なミステリーのせいで自分が消えるようなことはまっぴらなんだ。君がいてくれると心強いよ』
(もしかして最初から僕を誘うつもりだったのかな・・・)
その証拠にポルポルはさっきまでの暗い表情が消え、すっかり明るさを取り戻しどこかうきうきしているではないか。
顔色が戻るとさっきまでの白い体がみるみるうちに変化し、薄い赤や青、黄色など色鮮やかな色合いの深海魚の姿へと変わっていった。
微妙に騙さられた感があるがーー学生らが消えるミステリーも気になるし、いざとなったらすぐに同期解除して地上に帰ればいいのだ。
「フレイム1号。今回は充電もたっぷりあるし、行ってみよっか。」
『カケル、リョウカイ!』
カケルの言葉にフレイム1号はマニュピレータを軽く挙げて合図する。
今回のフレイム1号はイロード研究室で発信したような警告のシグナルを出さなかった。
生徒たちが消えるミステリーも起こっているというのに、とカケルは不思議に思いつつもポルポルと共に右奥の棟の中に入っていくのであった。
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烈空の人魚姫 第5章 ダイオウイカ研究室の謎 ③ふとした疑問
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