烈空の人魚姫 第5章 ダイオウイカ研究室の謎 ⑦記憶のカケラ
カケルは小さく頷いた。
ダイオウイカ先生はそれを見て満足気な表情を浮かべると、腕に巻き付けたフレイム1号をそのまま連れてずるずる研究室内に引き摺り込み始めた。
どんな手伝いをさせられるんだろう、とカケルがぼんやり考えてるとダイオウイカ先生は目をぎらりと光らせて急に立ち止まる。
『ん?そういえば、さっきから嗅ぎ慣れない魚の臭いがするのだ』
『あの•••ダイオウイカ先生•••僕もいます』
おずおずとカケルの背中から顔を出したポルポル。
まだ警戒しているのか蒼白な顔を保ったまま、目を彷徨わせている。
『おお!まさにナイスなのである!今年度研究室入りする4年生はいないものと思っていたのだ!』
2つの腕をぱちんと叩いて喝采のポーズを取るダイオウイカ先生はご機嫌度が明らかにアップしたようだ。
『それにしてもナナイロゲンゲとは・・・深海では見たことのないタイプの魚であるな。』
ダイオウイカ先生は大きな顔をポルポルに近づけて凝視する。
ポルポルはというと訝しげな顔をしたまま固まったままだ。
『はぁ・・・そうですか・・・?リュアンシャー地方には結構いると思うんですが』
『いや、やっぱり見たことがないのだ』
ぼそぼそしたポルポルの小声をかき消すように素早くダイオウイカ先生は長い腕でポルポルを巻き付けぐいっと引っ張ると(ポルポルはひぃっ!と言う悲鳴を上げて死んだ魚のような目になった)別の腕で巻き付けたフレイム1号とともに研究室内に勢いよく入って行った。
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ダイオウイカ研究室内は部屋の左側に本棚があり参考文献で埋め尽くされていた。
部屋の中央にはダイオウイカ先生のものと思わしき広めのデスクや研究者たちが使用するためのデスクがいくつか置かれている。
デスクの上に置かれた試験管の中は既にぶくぶくと泡立っていて、中には金平糖のようなきらきらした星屑のようなカケラがいくつも浮かんでいた。
ーーーーイロード研究室で見た壁一面の鏡と不気味なサンゴの試験体という光景に比べると、一般の研究室という趣をしていることがカケルにとってはある意味驚きであった。
カケルがデスクに置かれた大きめの懐中時計に視線を移した時、ダイオウイカ先生が声をかけてきた。
『カケルには【記憶のカケラ】の仕分け作業を手伝ってもらうのである』
そう言ってダイオウイカ先生は部屋の隅に置いてあった大きめのカゴをいくつか寄せ集めると、カケルの目の前に置いた。
どさっという重量感のある音とともに地面の泥がふわっと砂塵のように浮かび上がる。
カゴの中に入っていたのはデスクにいくつか置かれていたのと同じ懐中時計だった。
「ダイオウイカ先生、これって時計ですよね。時計がその【記憶のカケラ】なんですか?」
記憶のカケラーーーバブルがダイオウイカ先生とともに解析していたという代物だ。
『うむ。厳密にいうとこの中に記憶のカケラが入っているのである。』
こつこつとダイオウイカ先生は愛おしそうに懐中時計の表面をノックすると、机にしまっていた包丁を取り出して(カケルは少しびくっと身構えた。多分ポルポルも同じ気持ちだろう)その包丁で懐中時計をまるで分厚い食パンを横切りでスライスするかのように切り込み始めた。
(包丁では時計は切れないよな・・・・)
カケルの心配は無用だったようだ。
不思議とさくっという軽妙な音を立てた懐中時計は包丁で横切りされ、上下2つに分かれて綺麗にスライスすることが出来ていたーーと同時に懐中時計の中から無数の金平糖が溢れ出す。
この研究室内に置かれているビーカーや三角フラスコに入っていた金平糖と同じものだ。
この金平糖がどうやら【記憶のカケラ】というらしい。
「この懐中時計の中に【記憶のカケラ】が入っていたんですね」
カケルは宝石のような記憶のカケラがデスク上に散らばるのを見ると吸い寄せられるように見入ってしまうことに気づいた。
『この地球の生命体が残した記憶がこの海の底に無数に落ちてくるのだ。海の生き物の記憶もあれば陸の生き物の記憶もある。あるいは遥か彼方、宇宙の記憶もだ』
「宇宙・・・・」
深海という宇宙とは真逆に位置しているはずの場所が、実は密接に繋がっているなんてーーー
カケルは胸が熱くなるのを感じた。
そしてふと泡津海洋センターでフレイム1号と初めて同期した際に感知したと言っていた物体が記憶のカケラだということを思い出していた。
あの時シンクロデバイス内の海水に【記憶のカケラ】が混じっていたーーー
あの時見た悪夢は地球の生命体の誰かの記憶ーーーやっぱりバブルの記憶だったのだろうか。
ダイオウイカ先生はデスク上の記憶のカケラをかき集めるとビーカーに入れた。
『カゴごとに記憶のカケラが見つかったエリアごとに分けて記憶のカケラを分けてある。カケルの仕事は、まずエリアごとに分けた記憶のカケラをさっきの要領で懐中時計から取り出して魔術に関するものとそうでないものに分けて欲しいのである。』
「魔術・・・・ですか」
『そこにいるルポルポもそうであるが、ワガハイの今の研究内容は〈記憶のカケラからの魔術本の生成〉なのである。ルポルポの卒業研究の補助も兼ねてお願いしたいのである!』
ちゃんとまともに研究者らしいことをしていたんですね、と言いそうになり慌ててカケルは口をつぐんだ。
何となく助手を探して海に引き摺り込んでは食べていそうだという偏見があったが、どうやら喜憂だったらしい。
ポルポルは自身のデスクの下に今にも消え入りそうになりながら『僕・・・ポルポルです』と呟いていた。
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