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れいわ新選組を追う

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#社会変革

ゾンビとは私たちである

この記事は、『ゾンビ革命的』というタイトルで2016年に書いたものです。現代を考えるときのヒントになればと思い、noteに転載します。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 1848年の『共産党宣言』にならって、私たちは、「一つの妖怪が世界に現れている。ゾンビという妖怪が。地球上のすべての権力がこの妖怪を打ち倒すために同盟を結びつつある」と宣言したい。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ゾンビが人を惹

事実上の戒厳令を可能にする法を自民党に与えていいのか?

というタイトルで、youtubeに動画をupしました。明日13日には国会で採決される予定になっているので、遅すぎるわけですが、ともかく問題点だけを急いでお伝えしたいと思いました。ご覧いただければ幸いです。ご感想などあればコメントを。 それにしてもコロナウイルス感染が始まってから、政局もめまぐるしく変化し、追いかけるのも大変です。しかも一つ一つが結構、大きな問題を含んでいます。考えようとする意思を持続しないと流されてしまいます。 https://youtu.be/qoXHI

解放感覚

このタイトルは取りあえずそう付けてはみたもの出来がよくない。ここで書いておきたいと思うのは、ある「感覚」のことなので、もともと言葉ではカバーしきれず、どんな言葉を持ってきてもうまく収まらないのだが。 その感覚とは、3.11直後の数日間、感じたものだ。あれだけの大地震、巨大津波、それに原発事故が連続した大災害は日本人が戦後65年で始めて体験したことで、それぞれがそれぞれの感受性のもとでこころに大きな衝撃を抱え込んだだろうと思う。 もちろん私もそうであり、地震にも、(現場には

れいわ新選組が抱える難題に対する暫定的な解答

前ポスト『れいわ組織論の難題ー陰謀論、立憲との対立への対処』で、れいわ新選組が現在とっている組織論では、さまざまな陰謀論者の流入と、他の野党、とりわけ立憲民主党との党派対立の激化をコントロールするのは困難だと提起した。しかしこのことを認めた上で、れいわの「中心なきカオス的組織論」は支持者が主体となる新しい試みであり、なお基本的に肯定すべきであり、したがって党と支持者が忍耐強く時間をかけて克服していくしかないと結論づけた。 しかし、我ながらいかにも中途半端な結論であるのは否め

れいわ組織論の難題ー陰謀論、立憲との対立への対処

先月24日、再開した全国行脚先である鳥取の地で開催した「おしゃべり会」で山本太郎は、「れいわとして地方組織は作らないのか?」というメディアの質問に対し、次のように答えている(要約。リンクは下に) いまのところ地方組織をつくるつもりはないんです。これまでと同じような中央からの指令で地方が動くんじゃなく、地方それぞれが工夫とアイデアで独自に動く。これ、敵にすれば誰がどんな動きをするか予測できないわけで、一番嫌がる形じゃないかと思うんですよ この発言は、これまでれいわの組織論と

単独の結節点としてのノード

すこし抽象的なポストが続いたので、いったいどんな前提で書いているのかよく分からないというご批判があるかも知れない。そこでもう7年ほど前(2013年)にまとめたものになってしまうが「ノード連合のために」とタイトルを打ったメモがあるので、ここに再録しておきたい。 ----------------------------------------------------------------------------- まず何よりも、言葉が紡ぎだす物語(観念世界)をカッコに入れる

れいわ新撰組の候補者選び

れいわ新撰組の次期衆院選に向けた候補者公募、昨年末で応募者数が300名を超えていたが、現時点で400名を超えているとのこと。かねてから予定候補者数は100〜130名とアナウンスされていたが、この数字はやはり瞠目すべきものであり、れいわの登場に触発され、自分も政治の世界にと思う人たちがいかに多いかを物語るものだ。もちろんその中には、れいわの勢いに便乗し、議員になることをメシの種にしようとするただの機会主義者も含まれているだろうが。 しかし問題は、候補者選びが山本太郎氏を含むれ

柄谷行人『世界共和国』について -否定神学的に

概念とか観念は人間を含む世界の一部を構成しているのは確かだが、決して現実の総体をとらえることはできない。こういう立場から、ある概念や観念を考えるとき、その論理に矛盾する事実を提示したり、あるいはそれが誤っている可能性を指摘し、その基盤を揺るがすことで検討することしかできないだろう。「そうではない」また「そうでない可能性がある」と主張することである観念(理論)を批判する方法は一般に「否定神学」と呼ばれるが、ここでもこの方法を取ることになる。 2006年に発刊されたこの著作を全

正義 ーデリダの幽霊とゾンビー

これまで、国家の意味について、優性思想、人間の選別、「人にあらざるもの」の創出と追放隔離、強制収容所、総力戦、絶滅装置、怪物、戦争機械などの概念を使って考えてきたが、ここで、幽霊とゾンビを追加しておきたい。(以下は2017年4月にサイト「ノード連合」に掲載したもので、タイトルのみ変更) ジャック・デリダは、言語、法とならんで、国家も、原初的に「他者」を外部に暴力的に排除することで成り立つものであり、その排除はたえず反復されているととらえる。同時に、排除は決して完全に成功する