[過去の800字コラム] 部屋とYシャツと私
【初出】 n-mizuno.com 2014年3月18日付
「カレーはフォークで食べるのが正統なんですよ!」
得意げに語る人を時々見かける。どうやら英国式の作法を指しているようなのだが、ビーフカレーなるものの時点で正統からは掛け離れているはずで(聖なる生き物である牛をインド人は決して食べない)、それ以前に正統云々を言うのなら素手で食べるしかないだろう。
ところが最近出張して知ったのだが、本場インドでも近年では衛生面から会社の食堂などではスプーンを使うよう指導されているらしい。確かに、あのサラサラのカレーとパサパサの米を食べるにはスプーンの方が便利に決まっている。
「スパゲティをスプーンに巻くのは幼い子供のやり方ですよ!」
って言う人もいるけど、以前イタリアに暮らして気づいたのは、パスタをフォークだけで食べるには、日本ではまず見かけない手の動かし方を要する。即ち単純にフォークでお皿をかき回すのではない。スプーンを使うのは米国式の作法のようだが、アメリカ人が全員ガキというわけでもあるまいし、イタリア人でもスプーンを使って食べる人は一定数以上見かけた。
「Yシャツは下着だから、その下に肌着をつけるのはおかしいですよ!」
したり顔の言説もよく聞くけど、僕に限って言えば、汗っかきなので肌着をつけないとシャツが濡れてとんでもないことになってしまうし、皮膚がかぶれやすい体質なので、肌着で汗を吸い取らないと身体中が荒れてしまう。だから、本式のルールでないと知っていても半袖の肌着をいつも着込む。
正式なルールを教えてくれるのはその人の優しさなのかも知れないけれど、現場の実情を見知りもせず、相手の事情に思いを馳せないまま、聞きかじりの知識だけでしきりに正統を言い立てようとするのは、それで人を見下せると思い込むガキのような愚かしさに見えてしまう時もある。
相手の共感を得るには、単純な知識の多寡だけでは済まない、むしろ心が離れることさえあることを自戒せずにいられない。