見出し画像

湯澤規子さん×真田純子さん対談「NIPPON UMAMI TOURISM TALK DAY1ーー「風景」はひとつのメディア」|湯澤規子×真田純子「地球のまかないごはん」第1回

人文地理学者の湯澤規子さんと景観工学者の真田純子さんの、「食×農×景観」をめぐる美味しい往復書簡がはじまります。この書簡が始まるきっかけとなったのが、2024年6月15日に東京・渋谷「d47 MUSEUM」で開催された、NIPPON UMAMI TOURISMの関連企画としての対談でした。

お二人のこうした公の場での対談は初めてでしたが、かねてよりお互いの研究には注目していたそうです。そのおかげか当日は息もぴったり、本連載の構想もこの対談から生まれました。さて、どんな話が展開されたのでしょうか。連載「地球のまかないごはん」の前日譚としてお楽しみください!


「風景」「食」にコミットしてきた研究生活

まずは、お二人の自己紹介から。真田さんのもともとの研究は都市計画史。若い頃は図書館で資料に埋もれるような研究者になろうと思っていたのに、徳島大学に赴任したところ、ひょんなことから石積み(※1)に出合い、今は外で石を積み、泥まみれになっているといいます。「同時に、農村の風景をどう見るかということを考え始めました。それで徳島のものだけを食べて暮らすということを始めて、いろいろ考えたり調べたりして」できたのが、『風景をつくるごはん』(※2)。徳島の生活、その後のイタリアでの留学生活が今の研究につながっています。

真田純子さん(左)と湯澤規子さん。専門は違えども、同い年で食いしん坊と共通点も多い

湯澤さんの専門は、歴史(人文)地理学。初めは手仕事、地域、女性などをテーマとし、結城紬を織っていた女性たちの調査を始めました。「もともとは食堂で働く人、栄養士になりたかったけれど、数学で赤点をとったので諦めた」そうですが、食への強い関心から、調査研究はその人たちの食べているものにも広がり、今は食もテーマの一つとしてワークショップもするほど。その手法は『食べものがたりのすすめ』(※3)という一冊になっています。

自己紹介後は、全体で「食べものがたりワークショップ」を実施。会場が和んだところで、本題の対談へ。テーマは「風景はメディアである」「風景がブランド化する」「ごはんで風景をつくるには」の三つです。


「食べものがたりワークショップ」のようす。それぞれの食べものがたりを皿に盛り付け、シェアする

風景はメディアである

――この風景は美しくない?

真田さんが初めに示したのは、徳島県の風景写真。これが農村の風景を研究テーマにするきっかけになったそうです。「集落を見下ろせる場所に連れていってもらったんですが、そこから見た風景には、施設栽培、四角いビニールハウスが点在していて、正直美しくないなと思ってしまった」

ただ、外から来た自分がそう評価するのは違うのではと考えました。たどり着いたのは、これは生業(ハウスでの野菜栽培)の姿で、ただ地域の人がそれを生業として選んだというより、こういうものをつくらないと生きていけない、都市の人がそれを求めてきた(冬でもなすやトマトを食べたい)、という状況を表した風景ではないかということ。「だから、風景はそういう意味でのメディアかと思っています」

――地図に刻まれた歴史を読み解く

湯澤さんからは、地理学者の風景の読み解き方を教えてもらいました。地理学者は風景を見るのが仕事。だから、電車やバスでは寝るな、風景を見ろと仕込まれる。風景を見て、植わっているもの、道路や畑の形状などから歴史を語ったりするそうです。「真田さんの著書(『風景をつくるごはん』)を読むと、都市と農村、地方との格差、政治的なことも含めて、私たちがつくってきた戦後社会の価値観が風景から語れることがわかります」

そこで示されたのは、湯澤さんがフィールドとしている山梨県甲州市勝沼の明治時代の地図と現在の地図。比べると、今は一面ぶどう畑ですが、昔は田んぼ、桑畑などがあったのが地図から見てとれました。それが徐々に、商品作物としてブドウを栽培し始め、ワイン醸造が始まり風景が大きく変わっていきます。「時代もありますし、それこそ消費者が何を求めているか、何が商品になるかということが、この地図に刻まれているんです」

「風景を見たとき、美しいと思うだけではなく、メディアとして味わってみると、そこに刻まれた歴史が見えてくるんです」

明治時代の山梨県甲州市勝沼の地図から歴史と暮らしを読み解く

風景がブランド化する――農村風景を「保存」する

次のテーマに関して、風景がブランド化していく背景に何があるか、まずはその現状について真田さんから解説がありました。

農村風景が保存の対象になってきたのは、1990年代から。

「もともと農村は生活の場。住んでいる人も、自分が生きるために農業をしてきたわけで、それを風景として愛でるということはなかったんです」

「棚田や中山間地域の農村の風景を守るということは、法律や制度ができてどんどん進んでいます。ただ、この前提にあるのは、価値はあるけれど、維持することが難しいということ」

ではなぜ、棚田などの農村の風景が維持できなくなったのでしょうか。

――ブランド化された棚田を維持するのは誰の役割?

1950年代から60年代にかけて、日本は工業で経済を活性化させようとしました。ただ工業だけが生産性を高めたのでは貧富の差が激しくなる。そこで農業も効率化を目指し、農業基本法(※4)ができ、そこから、規模拡大を目指した農業構造改善事業(※5)が始まりました。

そうして、効率性の良しあしで勝負するようになると、中山間地域と平地で格差ができ、過疎問題が起きる。農村の人が減り、効率の悪い棚田で米をつくる人がいなくなってしまった。これが農村の風景が維持できなくなってきた理由です。

真田さんからは、「棚田のブランド化といっても、それは価値の部分だけを見ていて、なくなりつつあるから注目され始めたということに気づかない。なくなるメカニズムを解消せず、ただ単に棚田の風景ってすばらしいと褒めたたえているだけ」との指摘が。

農家にとっては、棚田で米をつくっても赤字なのに、文化的景観に指定されたんだから維持すべき、棚田をなくすな、といわれるような状況が生まれていると、真田さんは考えています。

――「ブランド」から「プライド」へ

それを受けて、湯澤さんは「観光」に結びつけて、山梨県の勝沼を例に、新しい地域の動きを紹介してくれました。

高度経済成長期に観光ブドウ園が増加した勝沼は、かつては連日、大型バスで観光客が大挙して押しかけるような地域でした。その後、ワインツーリズムが始まると、贅沢なフルコースとワインしかないようなレストランばかりに。湯澤さんが学生と行っても、ちょっとした定食屋や地元のものが食べられる店がなくて困っていました。それが、最近は変わってきたといいます。

「どこを向いた観光か、その風景は誰が見るのか、誰のためのものかということを考えさせられました。そこでいい始めたのが、ブランドからプライドへということです。〝プライド・オブ・プレイス〟(※6)という言葉がありますが、これは住んでいる人たちがプライド、誇りを持って生きられる場所という意味。地域の誇りを探していくと、結果的にそこがいい場所になって人が集まってくる。まさに、勝沼がそういう場になっているのではと思います」

「農村の風景」を維持する要諦について語る二人

ごはんで風景をつくるには

――消費の違いで分断を生まない

では、私たちがするべきことは、そのような地域の農産物、棚田のお米を選んで食べるということでしょうか。

「地産地消や環境に配慮したものを食べることが大事だと、多くの人が思い始めているけれど、そういう食べものは手間がかかるので少し高い。農家からすれば、有機野菜のほうが高く売れるから。そうした農法が広がって、人々の価値観が変化する。いいことだけど、ゴールがそれでいいのか」と真田さんは考えているそうです。

また懸念しているのは、食を通しての農村や自然環境への貢献は、そこにお金がかけられる人だけの特権でいいのかということ。そういう消費の仕方ができる人が、時間的、金銭的な問題でなかなかできない人を批判し、消費できる人とできない人の間に分断が生まれてしまうこと。

「したくてもできない人たちも許容して、対立や分断するのではなく、誰でも、きちんとつくられたものが無理なく手に入れられるような社会を目指す。そこに気づいた人たちから行動していくことが必要です」

行動する人が増えれば、政策を変える力になり、社会も変わってくるのではないかと真田さん。農村の風景をただ消費するだけでなく、今あるその「美しさ」の背景にあるものを読み取る。何を食べるのか、何を選ぶのか、自分の行動や意識がこれからの風景をつくっていくということなのです。

***

この対談終了後もさらに話は弾み、「まかない力」の底上げ、食や風景の関係など、今回は話しきれなかったことを深めたい! と、二人の往復書簡の企画が立ち上がりました。

次回はいよいよ往復書簡の本編。湯澤さんから真田さんに宛てた「リヨン便り」からの始まりです。

>>NEXT
第2回|リヨン便り1 地域のものを受け継いでいく宿より(湯澤規子)

***

【※1】傾斜地で、農地や宅地などの平らな土地を確保するために、石を積んでつくった土留め擁壁のこと。または石を積む作業そのもの。日本の農山村の棚田や段々畑で多く見られ、農村景観を形成する要素の一つ。

【※2】『風景をつくるごはん 都市と農村の真に幸せな関係とは』真田純子著、農文協刊。

【※3】『食べものがたりのすすめ「食」から広がるワークショップ入門』湯澤規子著、農文協刊。

【※4】日本が経済成長期に移行した60年代初頭から約40年間、国の農業政策の目標を示した法律。規模拡大等による農業構造の改善により、都市と農村の格差の是正を目指した。畜産等の振興や生産の合理化による選択的拡大と他産業就業における経営規模の拡大、機械化、経営の近代化が構想された。

【※5】農業基本法の柱の一つ。農業経営規模の拡大等を通じ、生産性を高め、農家所得の向上を図ることを目的とする。

【※6】『プライド・オブ・プレイス』森まゆみ著、みすず書房刊。


プロフィール

湯澤規子(ゆざわ・のりこ)
1974年大阪府生まれ。法政大学人間環境学部教授。博士(文学)。「生きる」をテーマに地理学、歴史学、経済学の視点から、当たり前の日常を問い直すフィールドワーカー。編著書に『食べものがたりのすすめ―「食」から広がるワークショップ入門』、絵本シリーズ『うんこでつながる世界とわたし』(ともに農文協)など、「食べる」と「出す」をつなぐ思索と活動を展開中。

真田純子(さなだ・じゅんこ)
1974年広島県生まれ。東京科学大学環境・社会理工学院教授。専門は都市計画史、農村景観、石積み。石積み技術をもつ人・習いたい人・直してほしい田畑を持つ人のマッチングを目指して、2013年に「石積み学校」を立ち上げ、2020年に一般社団法人化。同法人代表理事。著書に『都市の緑はどうあるべきか』(技報堂出版)、『誰でもできる石積み入門』(農文協)、『風景をつくるごはん』(農文協)など。


※『うかたま 2024年秋号』の掲載記事を再構成しています。まとめ・写真=農文協/協力=d47 MUSEUM。

2024年9月5日発売
『うかたま76号(2024年秋号)』
定価 880円(税込)
判型/頁数 A4変  122ページ
購入はこちら https://shop.ruralnet.or.jp/b_no=01_54024022/

農文協のネット書店「田舎の本屋さん」


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集