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第7回:イタリア便り3 伝統種の山羊にGPS!(真田純子)
人文地理学者の湯澤規子さんと景観工学者の真田純子さんの、「食×農×景観」をめぐるおいしい往復書簡。真田さんがイタリアでの石積みの合宿中に訪れた、2軒の農家のお話。
最新と伝統が同居するチーズ工房
今回の合宿では、2軒の農家に見学に行きました。1軒目はスイス人のカップルが羊を飼ってチーズを作っているところです。ほとんど放棄されたような状態で、農地や崩れた建物の内部にも木が生えていたような集落だったところを、数年前から農地を再生し、放牧を始めていました。羊の乳からつくるチーズのほか、はちみつやジャムなどの加工品も作っていて、少量ずつ多角的に農業経営をしていました。羊は30頭飼っているそうですが、子供を産んだ羊の乳はしばらくは子供のために残すため、搾乳はしないとのことです。当然生産量は減りますが、羊の生活を大事にするとのことです。チーズの味見をさせてもらいましたが、とても美味しかったです。現在のところ、生産量が少ないのもありますが、すべて予約販売で売れているそうです。
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チーズを作る工房も古い建物の中にありました。外側は古いのですが、イタリアの食品衛生の規則を守るため、一部屋だけ近代的に真っ白なタイル張りで作られていました。急にSFの世界が現れたようで、それもまた興味深い光景でした。フィレンツェなどイタリアの都市で人々が普通に暮らしているところでも、その建物は中世のころからある建物だったりします。当たり前に使っているガスや電気、水洗トイレなどの設備も、よく考えると後から追加したもので、建物を保存しつつ機能を更新するのは特別なものではなく、その技術も普及しているのだなと思わされます。
スイス人のカップルがイタリアに来て農業をしている理由は、スイスでは農地を大企業が買うので農地の値段が高く、個人で農業を始めるハードルが高いからだそうです。大企業が農地を買うということは、農業が経営的に成り立つ状況だということではあるのですが、一方で農業にまつわる生活文化は失われていきます。また、大企業による単一栽培では環境も脆弱になってしまいます。どのような農業を目指すのが良いのか、農業政策の難しさを感じました。
森林が手厚く保護される、イタリアの農地問題
イタリアではまだ耕作放棄地も多いので、個人で農業を始めたい人たちが土地を入手しやすい値段ではあるようですが、かといって簡単に入手できるかというとそうでもありません。相続によって狭い土地に地権者が何人もいて、そのうちの何人かは海外にいたりすでに亡くなっていたり、土地を取得したりするための手続きが大変なのだそうです。これは日本でも同じですね。
それとイタリアでは森林が手厚く保護されているので、一度森林化した農地を再生するのが難しいというのも課題だと言っていました。羊の頭数を増やしたいけれど、牧草地を増やしにくいのだとか。最近は、一定量の樹木を残せば牧草地に変える許可が出るようになったので、今、許可を申請しているところだそうです。イタリアは空気が乾燥していて山火事も頻発しています。住居の近くは農地にしておいて森林の近くには住まない、というのが昔からの知恵らしいのですが、農地が放棄されて森林になるとそうした危険とも隣り合わせになってしまいます。森林保護の制度は、それ単体では良いことでも農業や居住にとっては悪影響で、いろいろな営みを統合的に見て扱うことの重要性を感じます。
伝統種を飼うことに補助金がつく、EUの農業政策
もう1軒は、山羊を飼って山羊のチーズの生産とアグリツーリズモを経営している夫婦を訪ねました。幹線道路から外れて山の中腹の道路をひたすらドライブして着いたブリアガという集落から、1時間くらい歩いてたどり着きました。すぐ近くまで車で行けるようですが、道が舗装されていないのでパンクする危険を恐れて歩いて行ったのです。スイスとの国境から100mほど、標高1350mくらいのところで、小さな石造りの建物が数軒ある集落で、集落内には車道はなく、本当におとぎ話のような場所でした。
その夫婦はもともと二人ともお医者さんだったそうですが、その場所にほれ込んで、建物を自分たちで修復し、山羊を飼って生活の基盤を整えたそうです。飼っている山羊は50頭ほどで、どれもが野生に近い伝統種とのことでした。日本では、野菜の品種改良はよく聞きますが、牧畜の歴史はあまり長くないので、動物の品種改良を意識することはあまりないかもしれません。しかし、『イギリス肉食革命』(越智敏之 著、平凡社新書、2018年)などの本を読むと、かなり無理な品種改良をしてきた歴史があることがわかります。EUの農業政策で、伝統種を飼うことに補助金が付くメニューがあったりするのも納得できます。
ここで飼われていた山羊は白と黒の長い毛をもつ種で、乳の量が増えるよう品種改良された種に比べて乳の量は少ないものの、その分、凝縮された乳がとれるのだと言っていました。いろいろな製法のチーズを味見させてもらいましたが、どれもとても美味しかったです。近くのレストランのほか、都市部の有名なレストランなどにも卸しているそうです。
山羊は近くの斜面で放牧されています。自由に歩き回っているので、どこにいるかわかるようにGPSがつけられていて、スマホで確認して、山羊のいるところまで連れて行ってもらいました。山羊の近くまで行って、山羊を呼び寄せるための掛け声をかけると、カウベルを鳴らしながら山羊が集団で近寄ってきました。最新技術と伝統、自然が融合している様子が面白かったです。
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山羊は、そのあたりに生えている草や木の葉っぱを食べています。チーズの品質を保証する地理的表示には、アルプスの高地の植生だけを食べていることが条件のチーズもあって、高地で飼育するというのが価値になっているのです。印象的だったのは「私たちの山羊は食べたいものを食べているの、私たちが食べさせたいものではなくてね」という言葉でした。まさに、土地が生んだチーズですね。
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第8回:スクラップ&ビルドの街から1 アイルランドの石積み(湯澤規子)
プロフィール
◆真田純子(さなだ・じゅんこ)
1974年広島県生まれ。東京科学大学環境・社会理工学院教授。専門は都市計画史、農村景観、石積み。石積み技術をもつ人・習いたい人・直してほしい田畑を持つ人のマッチングを目指して、2013年に「石積み学校」を立ち上げ、2020年に一般社団法人化。同法人代表理事。著書に『都市の緑はどうあるべきか』(技報堂出版)、『誰でもできる石積み入門』(農文協)、『風景をつくるごはん』(農文協)など。
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『風景をつくるごはん』
真田純子 著
定価 2,200円 (税込)
判型/頁数 A5変型 288ページ
ISBNコード 9784540231247
購入はこちら https://shop.ruralnet.or.jp/b_no=01_54023124/