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「伊藤苗木」訪問記<後編>|『僕の漫画農業日記 昭和31〜36年−−14歳、農家を継ぐ』
千葉県印西市草深地区で野菜苗の生産・販売を行う(有)伊藤苗木の創業者が、昭和30年代の5年間に書きためた漫画日記を一冊にまとめた『僕の漫画農業日記 昭和31〜36年−−14歳、農家を継ぐ』が発売されました。
今回は、本書の書評をご執筆いただいた法政大学教授・湯澤規子さんによる「伊藤苗木」訪問記の後編です。
*前編はこちらよりご覧ください*
再訪と土の観察
大型連休が明ける頃、5月13日に伊藤苗木を再訪しました。助手席には土の研究者、藤井一至さんが乗っています。初めて伊藤さんをお訪ねした時、何といっても「土」が大切というお話を聞いたので、ぜひとも土を見るプロと一緒に再訪したくなり、藤井さんに声をかけたのでした。あいにくの大雨、いや、嵐のような豪雨の中、まるで遭難を危ぶみながら進む探検隊になった気持ちで車を走らせました。
草深に何とか無事に到着すると雨雲の切れ間が見え、雨は少し小降りになってきました。
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「よく来たね」と歓迎とねぎらいを受けた後、伊藤さんの畑について聞き取り調査を開始しました。土を掘って観察する時には、土壌の特性や利用に明確なコントラストがあった方が良いからです。私たちは次の4つの地点を選びました。
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それはすなわち、①何を植えても作柄が良好な「亀ノ甲」、②同じ台地上にあっても作柄がそれほど良いとは言えない「怖録」、③家屋の後ろであまり施肥をしていない「下なえ」、④米の作柄が良好な水田「六田メ」です。私は早速、服の上からもう一枚つなぎの作業着、それからレインコートを着込み、長靴を履きました。そして伊藤さんの案内のもと、4つの地点を回り、それぞれで土の観察と採取を実施しました。
土を掘る
地理学者である私にとって、実際に土を掘って観察するのは初めての経験です。土の研究者である藤井さんは手際よく1メートルくらいの深さの穴を掘り、その断面を観察し、素手で手ざわりを確認していきます。そして、一番深いところ、真ん中、表層に近いあたりの三か所の土を採取しました。それぞれの地点では、同じ気候条件下でも全く異なる水はけや土の色が見えてきました。
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例えば、「亀ノ甲」は柔らかい土で、黒土の層が薄く、20センチほど掘ると赤土が見えてきました。水はけも良いようで、降り続く雨の中でもそれほどぬかるんではいませんでした。伊藤さん曰く、この赤土が混ざることで作物の育ちが良いのだとか。亀ノ甲ではスイカや落花生などを栽培します。見晴らしの良い台地上の畑なので農作業をしていると爽快な気持ちになる、伊藤さん自慢の畑でもあります。
ふと畑の周りに目をやると、畑の淵には一段低くなった藪があります。かつてはことごとく人の手入れによって谷津田として米が栽培されていたそうですが、今は耕作放棄地となり、藪になっていました。
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聞き取り調査で聞いていた、ゴルフ場から引き取ってきた落葉でつくる「堆肥」の熟成過程も見ることができました。
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上の写真の、手前の明るい茶色は引き取ってきた落葉、その奥の少し濃い茶色が堆肥化しているもの、さらに奥にみえる黒っぽい部分が熟成堆肥となったものです。出来上がった堆肥には白いビニールシートがかけられています。伊藤苗木の土づくりに欠かせない堆肥です。
怖録の里芋と先祖代々の蕗の味わい
同じ台地上にあっても、怖録の畑はズブズブと長靴が30センチほど沈んでいきました。しかし、水はけは良く、晴天の日には半日ほどで乾いてしまうのだとか。普段は地下水をくみ上げて利用している畑です。黒土の層が深く、1メートルほど掘ってようやく赤土が見えてきました。そこでは里芋が良く育つため、訪問時もこれから里芋を植える用意がなされていました。
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『漫画農業日記』では、大根栽培の畑として登場しています。同じ気候下でも土の特徴が異なることを大雨の中の観察で実感しつつ、それぞれの土と細やかにつき合ってきた伊藤さんの仕事のすごさをあらためて理解したような気がしました。
一回り、4か所の土を採取してから母屋に戻ると、食卓にはご馳走が並んでいました。
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怖録で収穫された里芋の煮物もあり、滋味深いその味を噛みしめることができました。雨の中の作業を終えてホッと安心したことも相まって、「胃袋に沁みる」とはこのことか、と実感しながら豊かな食卓を囲んだことも、フィールドワークならではの得難い経験です。ほかにも先祖代々大切に育てているという「蕗」の絶品料理が忘れられません。
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甘酢和え、鰹節煮などは蕗の香りと相まって、とても美味しかったです。
さてさて、最後におまけのお話を。4月に連れて帰った伊藤苗木の胡瓜と唐辛子、大葉の苗は伊藤さんの土ですくすくと育ち、実っています。
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夏の頼もしい相棒になりそう。『僕の漫画農業日記』を指南書として再読しながら、師匠(勝手に呼んですみません)伊藤茂男さんの背中を見つめながら、私も小さな菜園の土づくりの難しさと楽しさを日々再発見しているところです。
季刊地域WEBでは、『季刊地域58号』(7/8発売)に掲載された、湯澤規子先生の書評を掲載しています。あわせてご覧ください。
湯澤規子(ゆざわ・のりこ)
大阪府生まれ。筑波大学生命環境系准教授などを経て2019年より法政大学人間環境学部教授。専門は歴史地理学、地域経済学、農村社会学、地域史・産業史。「生きる」をテーマに地理学、歴史学、経済学の視点から日常を問い直すフィールドワークを重ねる。
著書に『胃袋の近代―食と人びとの日常史』(名古屋大学出版会)、『7袋のポテトチップス―食べるを語る、胃袋の戦後史』(晶文社)、『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか―食人糞地理学ことはじめ』(ちくま新書)、絵本シリーズ『うんこでつながる世界とわたし』(全3巻、農文協)など多数。
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『僕の漫画農業日記 昭和31~36年−−14歳、農家を継ぐ』
伊藤茂男 絵と文
塩野米松 解説
定価 1,760円 (税込)
判型/頁数 A5 300頁
ISBNコード 9784540231919
購入はこちら https://shop.ruralnet.or.jp/b_no=01_54023191/
詳細はこちら https://toretate.nbkbooks.com/9784540231919/
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食べものがたりのすすめ(かんがえるタネ3)
湯澤規子 著
定価 1,540円(税込)
判型/頁数 四六 176頁
ISBNコード 9784540212208
購入はこちら https://shop.ruralnet.or.jp/b_no=01_54021220/
詳細はこちら https://toretate.nbkbooks.com/9784540212208/
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焼き芋とドーナツ 日米シスターフッド交流秘史
湯澤規子 著
定価 2,420円(税込)
判型/頁数 四六判 364頁
ISBNコード 9784041126493
購入はこちら https://shop.ruralnet.or.jp/b_no=05_04112649/