見出し画像

楠勝平 作 山岸凉子 編|楠翔平コレクション 山岸凉子と読む【書評】(第1回)

みなさんこんにちは。
今回は、夭折の天才漫画家として知られる、楠勝平氏の作品を紹介します。
じっくり紹介したいので、複数回に分けてお話します。
著書:楠勝平


基本情報

この本との出会い

著者との出会いは行きつけの古本屋で見つけた漫画雑誌「ガロ」に、代表作でもある「おせん」が掲載されていたことから始まった。

普段から様々なジャンルの文芸、漫画を読んできたつもりであったが、何気のない日常を、数々の技巧で繊細に描く著者の技量と、物語の世界に一気に引き込んでしまう台詞回しの妙。他の漫画と比べると明かに異質で奇妙な感覚を覚えたのである。
これほど繊細で洗練された漫画は一度も読んだことがなかった
他の作品も読んでみたいと検索してみたが、著者の楠氏は既に他界されて50年が経過しており、著作は全て絶版となっていた。(上記リンク先を見てもらえば、入手することが相当困難であることがわかるだろう)
そんな中、2021年に待望の傑作選集として、本作が出版されたのが本作である。

作品の魅力(ネタバレを含みます)

1作目「おせん」

大工の棟梁を務める、好青年とや○焼きを立売りする女性との出会い、そしてすれ違いを描いた作品。言うなれば、「気前の良い、エエとこのボンボンと、正義感の強い苦労人のお嬢さんとのほろ苦い恋物語」だ。
まず、絵柄の素晴らしさである。スッキリした線画でキャラクターの感情を視覚的に表現するのがとても上手だ。かといって、過剰にデフォルメされた表現は一切なく、全てが自然で、現実の人間に近い描写で統一されている。
また、背景や風景も大変丁寧に描かれており、江戸の街における市民の生活の一つ一つが活き活きと描かれており、ここだけでも読む価値がある。
楠作品は取り扱うテーマの大半が日常であり、普遍的な社会の現実である。時間の変化と合わせて移りゆく登場人物達の価値観や関係性を淡々と描写している。これだけでは読んでいてツマラナイのだが、読み手に社会への洞察を提供する仕掛けが随所に設けられており、単なる漫画の中のドラマを見ただけでは終わらない、奥深さを感じさせるのである。小津安二郎監督や是枝裕和監督の映画を見た時と同じような感覚と言えばイメージがしやすいだろうか。
家族が寝静まる側で、静かに内職に耽る女性の姿や、雨が降り頻る路地、鮮やかな草花など、セリフが一切ない場面でも物語の展開につながる様々な心情がしっかりと刻まれているので、物語にどんどんと引き込まれていくのである。
そして、本作では登場人物の「目」に着目してもらいたい。セリフがとても自然な上に、心の機微を「目」で繊細に表している。これは感情をあまり表に出さない代わりに、目元で気持ちを伝える極めて日本人的な感覚である。これは楠氏の他の作品でも共通している魅力である。余計なセリフがない上で、人物の感情の変化を日本人古来の文化的背景を踏まえて丁寧に表現しているから、作品全体に押し付けがましさが無い。寧ろ「気品」を感じるのだ。

2作目「梶又衛門」

又衛門は侍として主君に使えるのだが、元々体が弱い上に要領が悪く、何をやっても失敗してばかりいる。そんな中、適材適所で彼の特徴を活かすべく、上役達が協議した結果、毒味役である「膳奉行」を命じられるのであった。
膳奉行とは、かつては鬼取役とも称し、いわゆる毒味役であり、将軍のすべての飲食物の検査を三人で交代に勤めていたのである。やがて幕末にいたるとこの職は廃止された(引用論文:大口勇次郎 「消費者としての江戸城」)。
一見すれば、又衛門への処遇は左遷である。しかし膳奉行は食事が腐っていたり、万が一毒が盛られていないかを自らの体を犠牲にして確かめ、主君の命を守る重要な役割なのだ。ただでさえ頼りのない主人公に仕事が務まるのか、周囲はますます不安になる。
そんな中ただ一人、台所奉行(会社組織で言えば執行役員クラス)だけは諦めていなかった。
彼の特性が最も活かされる職務であることを周囲に説き伏せてみたのである。しかし、そうはうまくいかないものである。あろうことか、又衛門は「大の魚嫌い」だったのだ。それでもなんとか職場に順応しようと務めるのであった。頑張れ、又衛門!
その間にも、又衛門は様々な挫折を繰り返す。鼻風邪を引いてしまい、毒味が十分できなかったり、プレッシャーのあまり下痢をしたうえ、お漏らしをしてしまったり。。。
そのような決して楽しいとは言えない日々を過ごしながらも、又衛門は決して職務を放棄しなかったのである。
相変わらず忙しい日々は続くが、次第に主君への忠誠心が芽生え、城内で仲間と協力して生きる術も自然と身についてきたのであった。
そんな矢先に、結婚の話がまとまる。結婚式の細かい描写は省略され、一気に数年後の生活場面へコマが切り替わる。
又衛門は見違えるように成長していた。かつて嫌いであった魚は、生まれてくる我が子のために自らが釣り上げ、刀もまともに振ることができなかった軟弱な肉体は、ひたすら鍛錬を積んだ結果、子供に強さを説くまでに変貌を遂げていた。最後の自信漲る表情が素晴らしい。
本作は楠氏から読者をはじめとした、「全ての働く者達への応援歌」である。

楠氏は体が弱かったからこそ、何かを成し遂げるための身体的・精神的な苦痛や、物事が自分の思い通りにいかない現実をこれでもかと味わってきた
はずである。だからこその又衛門への暖かい眼差しなのであり、また彼のような弱者が成長するためには周囲の支え無くしてはあり得ないことを身をもって経験していたからこそ、本作が生まれのであろう。

最後に

みなさん、いかがだったでしょうか。今回、結局2話しか紹介できなかったですね(笑)。
テキストを打ち込みながら、改めて楠勝平さんの世界観、人々への温かい眼差しを感じました。そして「生」への渇望だけでなく「死」への諦感が全ての作品の根底にあるからこそ、どこか冷めた独自の視点で描かれるのだと思います。
今何かを頑張っている人。そもそも何を頑張っていいかわからない人。人生に絶望している人。日常に感謝しながら生きている人。悲しんている人。毎日が充実している人。ひたすらに孤独な人。
漫画としての圧倒的な完成度、そして読み手の感性や知識に委ねる余白が多く設けられている楠作品は、漫画を愛するあらゆる層にお勧めします。
できれば都内で個展とか開催して欲しいですね。原画をこの目で見てみたい。



本作で読むことができるのは、不世出の天才漫画家が残した珠玉の名作の数々です。
今後も色々な人が楠作品に触れ、国内外で更に認知され評価されていくことは間違いないでしょう。
この後に紹介する予定の作品もめちゃくちゃ面白いんですが、続きはまた次回に。。。
最後まで読んで頂きありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?